Goal


 
 嫌だ。
 絶対に、絶対に嫌だ。
(だって離れたら、きっと、絶対に、あの人のところに……!!)
 嫌だ。消えろ。頼むから消えてくれ。
 何も考えたくないと、走って走って走り続けて力尽き、蓮川はたどり着いた公園のベンチの上に腰を降ろして胸を大きく上下させた。
 荒く息を吐き呼吸を整えながら、月だけが浮かんだ夜空を見上げる。
(消えてくれ……!)
 やっと、やっと見つけたんだ。
 ずっと手を握っていてくれる人。優しく包み込んでくれる人。誰よりも一番に自分を愛してくれて、決して離れていかない人。

『おかえり、一也』
『おかえりなさい、やっくん』

 突然、懐かしい声が耳元に届いた気がして、蓮川はようやく落ち着きを取り戻し、静かに息を吸った。
 ああ確か、こんなことが、以前にもあったような。
 走って走ってがむしゃらに走って、もう何も考えられないほど疲れ切って家に帰ったら、そこにはいつもと変わらない姿で出迎えてくれた兄夫婦の姿があった。
 あの時、本当は凄く安心して。凄く泣きたいような気持ちになったのだけれど、「ただいま」とだけ言って、素っ気無く横を通り過ぎた。
 だってもう、おれだけのものじゃないんだから。二人とも、今隣に並んでいる人を選んで、とっくにおれを捨てて行ってしまった人達なのだから。 
 みんな、みんな、そうだった。
 家族も恋人も、みんな、みんな。
 どんなに愛しても焦がれても、いつだって置いて行かれるばかりで、どうにもならない現実を前に諦めるしかなくて。
 仕方ない。おれは不幸の星という名の下に生まれたんだから。そう言って自分を慰めて励まして喝を入れてはまた、背を向けられる事の繰り返し。
 公園のブランコが風で小さく揺れるのを眺めながら、蓮川はまた遠い記憶を思い出した。



(お母さん……)
 寂しい。
 寂しいよ、お母さん。
 どうして戻って来てくれないの?
 ぼく、ずっと、ずっと、ここで待ってるのに。お母さんが「待っててね、すぐ戻ってくるから」って言ったから、ずっとずっと待ってるのに。
「一也くん! 大変! お母さん、車にひかれたって……! 今すぐおばちゃんと病院行こう!?」
 ブランコに揺られながらずっと待っていたら、突然そんなことを言われて。
 なにがなんだか解らないまま、隣の家のおばちゃんに半ば引きづられるように病院に駆けつけたら、そこにはぴくりとも動かないお母さんの姿があった。
「お母さん……?」
 そっと、眠っている姿に手を差し伸べる。でも、いつもみたいに目を開けてくれない。声をかけてくれない。頭を撫でてくれない。
 どうして、ちっとも動かないの?
 おばちゃん、なんで泣いてるの……?
「一也くん、お母さん、もう……」
 やめて。
 やめてよ。
 もう、泣かないで。
 だって生きてる。お母さん、絶対に、絶対に、生きてる。
「お母さん……!!」
 絶対に絶対に、死んでなんかない……!!!
 そう信じたのに。
 心から願ったのに。
 神様はどこにもいなかった。
 
(ごめんなさい……!!)

 きっとあの時、ぼくが、わがままを言ったりしたから。
 いつも仕事で忙しいお母さんが、久しぶりに連れていってくれた公園で、もっと一緒に遊んでいたくて。もう買い物に行かなきゃって言われても、まだ遊んでるって駄々をこねて、困らせて。じゃあちょっとだけ、そこのスーパー行ってくるから。ちょっとだけ、待っててね。ちょっとだけだから。そう言って背を向けて、お母さんは二度と戻って来なくなった。
 あの時、一緒に着いていったら。ずっと手を握って離さなかったら。「待ってる」なんて、言わなかったら。
(ごめんなさい……!!)
 ぼくが悪いんだ。ぼくが。ぼくが。
 そう泣き喚いていたら、強い力で抱きしめられる。その人にしがみ付きながら、ずっと泣き続けた。
「違う、違うよ。おまえのせいなんかじゃないから……っ」
 ぎゅっと抱きしめられたら、すごく、すごく安心して。
 きっとこれは夢なんだって。
 
 だからどうか神様。

 明日はお母さん、帰って来てくれますように。

 そう、何度も祈りながら眠りについた。




(成長してない……)
 七つの頃の記憶を思い出し、蓮川は激しい自己嫌悪に襲われながら、がっくりと肩を落とした。
 結局自分は、ここにこうしている間、あの時の兄の手を待ち続けているだけなんだ。
 小さく息をつき、蓮川はベンチから立ち上がった。
 ちゃんと、自分の足で帰ろう。
 そう思ったと同時に、目の前に忍の姿が現れる。
 途端に緊張と安堵と気恥ずかしさに襲われ、蓮川は忍から目線を逸らして俯いた。
「すみません……取り乱したりして」
 あの時本当は、兄だって、思い切り泣きたかったはずなのに。慰められるばかりで何もしてやれなかった事を後悔しながら、蓮川は口を開いた。
「でもおれ、本当に……陸上には、そんな真剣じゃなくて。期待されても……応える自信、なくて……」
「わかった。もういい。俺も……その気持ちは解るから……。悪かったな」
「先輩……」
「おまえが大きな夢よりもささやかな毎日を夢見る気持ちは……解るんだ。グリーン・ウッドにいた頃、俺もずっと、そんな夢を見続けていたから……」
「そう……だったんですか……?」
 あまりにも意外な忍の台詞に、蓮川は目を見開いた。


 ベンチに並んで座り、忍はまず最初に、自分の事を淡々と話した。
 父や親族からの重圧。本当は何の興味もなかったのに、必死で周囲からの期待に応えようとしていた幼少時代。自分の才能が疎ましいとすら感じていたのに、恵まれてしまったが故の葛藤の数々。知っていたはずなのに、今になってようやく父の気持ちが解った。どうしても、この才能を手放したくなかった父の気持ちが。そうして気づけば、父と同じ人間になっていた。誰にも、人の未来を決める権利などないのに。
 暗い面持ちで語った忍の言葉に、蓮川は切なげに目を細めた。
「家からの重圧に押し潰されそうになって、逃げるように寮に入って、救ってくれたのが……光流だった」
 覚悟はしていたが聞きたくない名前が耳に届いても、今は聞かなければならないような気がして、蓮川は暗い瞳を地面に落とした。それは二人の絆の深さを思い知らされる、蓮川にとっては過酷な現実だった。
「だから高校時代も卒業してからも、あいつの想いには何でも応えてきた。今も感謝はしてる。でもそれは……愛だとか恋だとか、そういうのとは少し、違っていたように思うんだ。俺はただ、家族が欲しかっただけで……、たった一人の家族を失うことが怖くて……」
 黙って蓮川は耳を傾ける。
「おまえに対する想いとは、全然違う。だから……」
 刹那、今にも泣き出しそうな忍の瞳が蓮川を見つめ、蓮川はほとんど反射的に唇を塞いで言葉を止めた。
 重ねた唇をそっと離すと、切なげな姿がそこにあって。ずっと、ずっと、怖くて苦しくて怯えていたのは、自分だけじゃかった。そう思ったら、やはり自分ばかりを責めたくなり、、蓮川は忍の肩に腕を回すとぎゅっと強く抱きしめた。
「ごめんなさい……。おれ、いつも自分のことばかりで……、先輩の気持ち、全然考えられなくて……」
 七つの時から変わらず、どうしようもなくガキだった。
 いつも見上げていた空には本当は誰もいなくて、見えないすぐそばにこそ、懸命に守っていてくれる誰かがいたのに。
 今だって、すぐそばにいるのに。
「もう一度、よく考えます。陸上のこと、将来のこと、自分が本当はどうしたいのか……」
 考えても、たぶん答えは同じだろうと解っている。でもせめて、形だけでも、しっかりけじめをつけなければと思った。
「本当は……」
 抱きしめた腕の中で、忍が小さく声をあげた。
「俺も……俺だって、そばに……」
 小さく震える声。忍が蓮川の肩に顔を埋める。
「本当は、離れたくなかったんだ……」
 肩越しに熱い涙が滲む。
 蓮川は感極まったように、忍の身体を強く抱きしめた。    
「あの……ほんとに、ごめんなさい……!」 
 馬鹿だ。本当に、底なしの馬鹿だおれは。何度もそう心の内で繰り返す。こんなにも儚くて弱い人に、どこまでも甘えていた自分を恥じる。
 守らなきゃ。誰よりも一番に、守らなきゃいけない人なのに。
 絶対に、絶対に、離さない。堅く心で誓いながら、夜空の下でキスを交わす。
 公園のブランコが静かに揺れ、刹那、蓮川は暖かい気配を感じたような気がした。


     
 やっと、あの時怒られた理由が、解ったような気がする。


「ほんとに、ほんとーっに、ごめん!!!!!」
 今にも土下座せんばかりの勢いで頭を下げられ、優希と美鹿は困惑の色ばかりを浮かべた。
「やっぱりおれ、どうしても日本を離れられない。陸上は凄く好きだけど、おまえらと走るのも凄く楽しいけど、それよりもっと大事なものがあって……。だから、ほんとに……」
 真剣に謝る蓮川を前に、優希と美鹿は顔を見合わせ、それから仕方ないように息をついた。
「別に、謝られる筋合いねーよ。おまえが決めることだしさ。俺たちはただ、もったいねーと思っただけで」
「そうですよ先輩、例え陸上より彼女の方が大事でどうしても彼女と離れたくないとかいう、ふざけんなてめ-リア充実爆発しろって殴りたくなるような理由であっても、最終的には先輩が決め……」
「ちょ、ちょっと待て!!いつどこでおれがそんなこと言った!!??」
 少し違う点もあるがあまりにも的をついている優希の台詞に、蓮川が顔を真っ赤にして尋ねた。
「え? 先輩が日本を離れたくない理由っていったら、それくらいしか思いつかないんですけど。だって先輩、彼女持ちでしょ?」
「あ……いや、彼女っていうか、まあそんなもんだけど! おれ、おまえとそんな話したか!?」
「見てりゃ解りますよ。携帯のメール見てはニヤニヤしてたり、練習終わったらルンルンしながら即効で帰ったり。先輩、すぐ態度に出すから丸解りなんですけど、まさか自分で気づいてなかったんですか?」
 信じられないという風に優希に見つめられ、蓮川はますます頬を赤らめた。
「いっぺん死ね!!まじで死ね!!今すぐ死ね!!!!!」
 突然ぐいと胸ぐらを掴みあげられ、美鹿に殺気だった瞳を向けられる。どうやら解っていなかった美鹿(彼女いない暦21年)には、死んでも許せない理由だったようだ。
「陸上より大事な相手ってのはどんな女だ? ロングヘアかそれともショートヘアか? 巨乳か貧乳か? てめぇの足を犠牲にするほど価値のある女なのかゴルァ!!!!!!」
「頼むから落ち着け!!!」     
 なんかどこかで聞いた台詞だなと思いながら、蓮川は美鹿に涙目を向けた。
「も、もちろんそれもあるけど、それだけじゃなく、おれには向いてないんだよ。勝ち負けばかりに拘る体育会系の世界とかって」
 そもそも、高校入るまで一度だって運動部に所属したことはないし。高校時代、陸上部の連中にもさんざ「何でおまえなんかが」って罵られるばかりだった。毎日必死でトレーニングに励む部員たちが、基礎もろくに成り立っていないド素人にボロ負けで妬み僻みを感じないわけないと、今なら解るのだが。
(でも、それっておれのせいなのか……?)
 どうしても、そんな理不尽さは否めないのだけれど、懸命に頑張っている彼らの気持ちを真面目に想いやろうとするのなら。
 せめて必死で頭を下げることくらいしか出来ないし。
「次の大会は、全力で走る。勝負事はそれで最後だ。でも、走ることは続けていくから……」
 せめて出来る範囲で、頑張って続けていくことしか、出来ない。
 蓮川は心の内で呟いた。
 同じ世界で共に歩むことが出来なくて、本当にごめん。
 たくさんの熱い気持ちを共有出来なくて、本当にごめん。
 共に夢を目指すことが出来なくて、本当に、本当に……。
「ほんとに……ごめん……っ」
 真剣に二人の顔を見つめたら、一緒に走り続けた数々の日々が、走馬灯のように鮮やかに蘇る。
 そうしたら、涙が溢れて止まらなくなった。
 「なんとなく」やっていたつもりだった陸上。
 たぶん自分がその大切さに気づいてなかっただけで、本当は、何よりも好きだった。楽しくて仕方なかった。仲間からの羨望の眼差しが、嬉しくて誇らしくて仕方なかった。だからきっとあんなにも、毎日頑張って頑張って、頑張り続けて来れたんだ。
「最後は……ぜってぇ、負けねぇからな……っ!!」
「俺も、本気出します」
 一緒に涙目になりながら、美鹿が言った。
 まっすぐな眼差しで見つめてきながら、優希が言った。
 
 心から、「ありがとう」と思えた。

 
 きっとあの時もこんな風に、必死で相手の気持ちを考えて、必死で自分の気持ちを伝えようとしていたら。
 「一生懸命好きになってくれてありがとう」って言えていたら。

 二人一緒に、笑い合えていたのかもしれない。
   




「明日、来れそうですか?」
「ああ……絶対に行くから。……負けるな」
 電話越し、囁くように愛しい人の声が響く。
 蓮川は静かに瞳を閉じて、愛しい恋人の姿を思い描く。


 先輩、知ってましたか?
 おれの夢。
 幼い頃からずっと心の中に描いていた、小さな小さな夢。
 頑張って働いて建てた自分の家で、一番に大好きな人と一緒に暮らしながら。
 一生手を繋いで離さないで、死ぬまで一緒に生きていく。
 それが、何を捨てても一番に叶えたい、小さくて大きなおれの夢で。
 先輩がおれを好きになってくれたこと。
 それはどんなに頑張っても頑張っても、死に物狂いで頑張っても、努力だけでは決して手に入れられるものじゃないから。
 おれにとってやっと叶えることが出来た、何よりも大きな夢で。
 とてつもない、奇跡、──なんです。
 


 これが最後の勝負だ。
 グラウンドのスタート地点に立ち、蓮川はまっすぐに前を見つめた。最強のライバル達が真横に立つ。けれど、何も気にならない。目指すものは、見えるものは、ただ一つだけだ。
 息を大きく吐き、呼吸を整える。確かここに立つまでは、どうやって踏み込もう。どうやって走ろう。あれこれ考えすぎては結局何も決まらず、どんどん胸の鼓動が高まって、吐き気がするくらいに緊張していたはずなのに。
 どうして今、心はこんなに静かなんだ。
 まるでこの世界にたった一人きりのように。
 何も見えない。感じない。音すら聞こえない孤独な世界。
 ただ必死で足掻いて、足掻いて、足掻き続けて、目指す場所に向かう。
 もう少し。あと少し。あと一歩……!!!
(終わ……った……) 
 必死で手を伸ばして足を伸ばして辿り着いたゴール地点で、蓮川は足元から崩れ落ち両手を地面の上についた。
 なあ、たぶんおれ、凄く凄く頑張ったよな。
 だからもう、休んでもいいかな?
 だってこんな疲れること、もう二度とやりたくない。
 確かに、そう思ったはずなのに。
「やっぱ……おまえ、すげぇわ。もったいねー……」
「先輩……走るの、絶対にやめないで下さいね……?」
 呼吸もままならないまま、必死で共に走り続けた仲間達の姿が飛び込んできた瞬間。
 次も、絶対に頑張ろう。
 いつも、そう思えたから。
 頑張れたような、気がするんだ。


 やっぱり、続けるべきなのだろうか。
 オリンピックで金メダルとか、そんな大それた話は無理としても、日本でコツコツ実績をあげるくらいなら、日常生活にさしたる問題はないわけだし。ああでも、それなりの成績を出せなきゃ結局は貧乏暇無しだし、そうなると今の激安アパートを手放すわけにもいかないし。やっぱり堅実に公務員を目指すのが一番なんじゃ……。
 ああでもないこうでもないと考えながら、蓮川は更衣室で帰り支度を整える。
「ところで先輩、おれ達が死ぬほど羨ましい選択肢を捨ててまで選んだ大事な彼女、いつも見に来てないんですか?」
「なんなんだその嫌味ったらしい言い方は……っ!」
「もしかしておまえの一人よがりなんじゃねーの? 普通、彼氏の試合っつったら毎回来るだろ? やっぱ考えなおした方がいいんじゃね? 大体、世界一の栄光よりも一人の平凡な女って、男としてあまりに夢がないっつーか……」
「うるせぇっ! 世界一の栄光なんて、そうそう手に入るかっ!!」
 どこまでいっても自尊心も向上心も低すぎる、体育会系にはとことん向いていない蓮川に、優希と美鹿はがっくりと肩を落とした。
 そんな二人を背に憤慨しながら、蓮川はスポーツバッグを肩にかける。
 更衣室を出ると爽やかな風が吹き向け、青すぎる空に眩しさを覚えたその時だった。
「蓮川」
 よく知った声が耳に届き、蓮川は目を見開いて振り返る。
「忍先輩……!」
 もうとっくに帰ったと思っていた恋人を目前に、蓮川は満面の笑みを浮かべた。
 そうして、我を忘れたようにがばっと抱きつく。
「先輩、おれ、頑張りました……!」
 てっきり会えるのは夜になると思っていた。嬉しさのあまり無邪気に抱きつき髪に頬擦りする蓮川に、まるで周囲は見えておらず。
「ああ頑張ったな。よく頑張ったから……とりあえず落ち着け!!」
 あまつさえ唇に唇を寄せられ、忍は咄嗟に蓮川の顔面を強打した。
 ハッとする蓮川の目前で、優希と美鹿が酷く複雑そうな表情を浮かべていて、蓮川は途端にサーっと血の気を引かせ固まった。




 今日は、なにを着よう。どこへ行こう。なにを食べよう。どんな話をしよう。
 また呆れられないかな。怒られないかな。今日こそうんざりされそうな気がしないでもない。
 ああだこうだと考えて、考えて、考えすぎて。
 気が付けばあっという間に、待ち合わせの時間。
 蓮川は腕時計を見て、更に足を急がせた。
 待ち合わせ場所に辿りつくと、まだ恋人の姿はどこにもない。
 ほっと胸を撫で下ろし、壁に寄りかかってひたすら恋人の到着を待つ。
 確か先週も、この服着てきたような。思い出し、しまったと後悔したが、今更どうしようもない。でも格好には煩い先輩のことだ、また色々言われるかもしれない。どうしよう。どうしよう。
 またもああだこうだと考えていた蓮川の視界に、待ち人の姿が飛び込んできた。

 途端に、頭の中が真っ白になる。

 それから、すっと目の前が晴れて。

「忍先輩!」

 くっきりと見えるのは、ただその人だけ。


 ただ、この人だけ。