Picture



 
 しかしなんだか不思議な取り合わせだなと、弟と忍を交互に眺める一弘に、忍は無難に「趣味が合って」と応えた。一弘はやや首をかしげたが、パソコンのプログラミングについて専門的な会話を繰り広げる二人を前に、なるほどと納得した様子だ。
「光流は元気にしてるのか? おまえらまだ一緒に暮らしてるんだろう?」
 二人の前では常に放送禁止用語な名前をいきなり口に出され、蓮川と忍は一瞬同時に固まった。
「いえ、就職を機に別居と相成りました。やっぱり男二人暮らしは何かと不便で」
 完全に作った顔で微笑み続ける忍を、一弘は「そうか」と納得しながらも、どこか探るような視線を向ける。それを察した忍は、相変わらず侮れない男だと警戒しながらも愛想笑いを続けた。
 そんな二人の心理戦には全く気づかず、蓮川がキッと一弘を睨みつけた。
「で、いきなり何だよ?」
 兄にはいつまでたっても万年反抗期である蓮川は、ぶっきらぼうに一弘に尋ねた。
「おまえの就職活動、どうなったかなって気になってな」
「ああ……いくつか面接受けることになってるから、心配しなくて大丈夫だって」
「そうか、なら良いんだが、就活始めるのあまりに遅いから気になってな。おまえ昔から何でも余裕かまして、ギリギリになって焦るタイプだろ? 緑都受けるって決めた時も、今から間に合うのかってお兄ちゃんどれだけ気を揉んだか。幸いすみれが褒め殺し褒め殺しでどうにかしてくれたし、おまえも恋のパワーで頑張れたから良いようなものの……」
「いいかげん黙れクソ兄貴……っ」
 おかげでその後どれだけショック受けたことか。思い出し憤慨した蓮川は、隠さず怒りを露にした。
「まあ結果オーライじゃないか。その時すみれさんが将来の姉になるって知ってたら、おまえだって最初から恋しないよう努めていただろうが、実際その恋のパワーが無ければそこまで頑張れなかっただろう?」  
 忍の言葉に、蓮川は「う」と言葉を詰まらせた。半分嫌味を察したのか、蓮川がやや焦った表情を見せる。
 ヤキモチは、好きでいる限りどうしたって消せるものじゃない。ある意味愛情の証だ。せいぜいご機嫌をとれと、忍はふんと蓮川から顔を背けた。
「そうですね、就職は(忍先輩のために)頑張ります! 一流企業行けるように目一杯(あなたのために)頑張りますので!!」
 機嫌治してください~~!!と、蓮川の目が訴えてきて、忍はやや満足感を覚えた。
「それを聞いて安心したよ。おまえのことだ、目標さえ定めたらあとは心配ないと思ってる。決まったら、すぐに報告しろよ? すみれも心配してるからな」
 あくまで冷静な口調で一弘が言ったその時だった。
「は、蓮川くん……助けて……」
 いきなり派手な音をたてドアが開いたかと思うと、隣人が顔を真っ青にして蓮川に訴えてきた。
「おまえ……どうした!?」
 ガクガクと震えながら蓮川に助けを求めてくる隣人は、顏を真っ赤にして額に冷えピタを貼っている。どうやら風邪を引いたのか高熱で倒れる寸前の様子である。
「家に……なにも食べるものなくて……。なんでもいいから、買ってきてくれないかなぁ……?」
「わかった! わかったから寝てろ! 今コンビニでお粥とか買ってきてやるから!」
 蓮川は慌てた様子でそう言って、隣人を部屋まで連れていった。
「すみません先輩、おれ、ちょっとコンビニ行ってきます!」
 とりあえず隣人を寝かせてから戻って来た蓮川は、財布を持って足早にその場を去っていった。

 バタバタと去っていく蓮川を見送った後、一弘が苦笑する。
「相変わらず不憫な奴……」
 つくづく隣人には恵まれないなと、含みのある言い方をする一弘に、忍もまた同意の視線を向けた。
「困っている他人を放っておけないあいつにも、問題があるんじゃないですか?」 
「まあな……」
 忍の言葉に同意したのか、一弘はふうと大きくため息をついた。
「俺の育て方が悪かったんだろうよ。あいつにはすまないと思ってる」
 後悔で胸いっぱいの表情をしながら、一弘は言った。忍は無言でそんな一弘を見つめる。忍が口を開こうとしたその時、突然ガッと両肩を掴まれた。
「それより手塚、おまえ人の弟をどうするつもりだ?」
 いきなりわけのわからない質問をされ、忍の表情が固まった。
「どう……とは?」
「惚けるな。おまえいくら光流と別れたからって、よりによって一也に手を出すなんて……っ、あんな……あんな純真無垢な弟に……!!」
 どうやらあの時扉を開いた瞬間、しっかりがっつり見抜いていたらしい。忍はやはり侮れないと心中で呟き、額に汗を浮かべた。
 と同時に、どこが純真無垢だ結構計算高いぞあいつはと、親馬鹿全開の一弘に顔面パンチをくらわせたい気分でいっぱいだった。
「ご報告が遅れてすみません。今も大事にしてますし、一生大事にしますので、弟さんを僕に下さい」
 明らかに何か一つ勘違いしている一弘を前に、手を出されてるのは自分の方だけどと冷静に思いながらも、男としてのプライドが真実を語ることは許さず、忍はあくまで落ち着いた笑みを浮かべた。
 多少の誤解はあれど恋人同士であるという事実がバレてしまった以上、この男に嘘が通じるとは思えない。即座に分析し決断した忍は、単刀直入に言った。
「信用できるかっ!!! おまえあいつをどうするつもりだ一体!!?? 人の弟を傷物にしてくれた責任はどう取ってくれる!!??」
 酷い。色々と酷すぎる。けれど高校時代の自分を思い返せば仕方ないかもしれないと、忍はもう何度目になるか解らない後悔に駆られた。
 しかしいくら自業自得とはいえ、弟可愛さのあまり完全に理性を失った一弘を前にしては、忍の頭の中にはもはや「鬱陶しい」の文字しかなく。
「傷物とはあんまりな。大切に大切にしてますよ」
「嘘をつけ嘘を!! どうせ人の弟にピーしてピーしてピーしまくってるんだろう!!??」
 いやだから、ピーしてピーしてピーしまくられてるのは自分の方なんですが。忍は心の中で思い切りツッコミつつも口には出さず、にっこりと微笑み続ける。
「大丈夫です、僕たち愛し合ってますから」
 何がどう大丈夫なのか全くもって根拠はないが、一弘の口を黙らせることは可能だった。
「……光流とは、ちゃんと別れたんだな?」
 しかし次に予想外の言葉が一弘の口から漏れ、忍は目を見張った。
「勿論です」
 真剣な瞳。真剣な声。高校時代、ずっと自分達を遠くから見つめ見守り続けてきた師を前に、反論できる余地などなかった。忍もまた真摯な瞳を向ける。
 まっすぐに忍の目を見つめていた一弘は、不意に肩の力を抜いて小さく息をついた。
「しかし……おまえと一也がねぇ……。複雑すぎてどうにも気持ちの整理つかないから、また今度ゆっくり話させてくれ」
「お気持ち察します。……改めて、ご挨拶に伺わせてください」
 忍が静かに言って頭を下げると、一弘は酷く肩を落ち込ませたまま、忍に背を向けとぼとぼと歩いて行った。
 複雑すぎる気持ちは十分に察するし、同情もする。
 けれど……。
 やはり、認めることは容易いことではないのか。
 忍もまた小さくため息をついた。


 蓮川が隣人の世話を一通り終えてから戻ってくると、忍は一弘に真実を全て話したと告げた。(※一部誤魔化してます)
「お、おれ、どーすればっ……!!」
 蓮川は予想通りの反応を見せる。
 いちいち狼狽えるなと、忍は額にピキッと青筋を立てた。
「来週末、一緒に実家に行くぞ。土下座の一つや二つしてやるから、おまえは余計なことは一切言わず黙って座ってろ」
「え、じゃ、じゃあ、おれも忍先輩の実家に挨拶に行かなきゃじゃないですか……!!」
「実家とはとうに縁を切ってるから余計なことはしなくていい」
 かつて光流と共に実家に行った日のことを思い出し、絶対にこいつも同じことするに違いないと確信した忍は、きっぱり言い切った。ただでさえ男と駆け落ちじゃないけど駆け落ち同然で家を捨てたこの身で、更にまた別の男と一緒になりましたなんて死んでも言えるかと、忍は心の内で憤慨した。
「忍先輩、ご両親とは少しも連絡とってないんですか……?」
「ああ、向こうも利用できない息子など、もう必要ないだろうしな」
「利用って……」
「冗談だ。互いに会わない方がいい。そういう関係もあるということだ」
「……それって、逃げてるだけなんじゃないですか?」
 まっすぐな瞳が忍を捕らえ、咄嗟に返す言葉が浮かばない。明らかに傷ついた瞳をした忍を前に、蓮川は戸惑いの表情を見せた。
「あ、いや、逃げることも大事だとは思うんです。でも、忍先輩は後悔しないかなって、それだけ心配で……」
 純粋に想いを寄せてくる蓮川に、忍は静かに微笑した。
「……親には、昔から愛情の欠片もなかった。その事を、今は後悔してる」
 人を愛すれば愛するほど、愛されていたことに気づかされる今は。あの両親の束縛や支配もまた、大きな愛であったのだと、ただ本当の愛し方を知らなかっただけなのだと、解る今ならば。
「だったら、会いに行きましょう」
 突然がしっと手を掴まれ、蓮川が真剣な顔つきで言った。
「謝りたいことがあるなら、謝らなきゃ駄目です。今言わなかったら、きっと、絶対に、死ぬまで後悔するんですから……!」
 まっすぐな瞳に見つめられ、忍に何一つ言い返すことは出来なかった。
 ある日突然、もう二度と会えなくなったら。それを誰よりも知っている蓮川だからこそ、何一つ言い返すことは。
「……行かなければならないところが、たくさんあるな」
「え……?」
「おまえの実家と、俺の実家と、それから……おまえの母親がいる場所に」
 当分は忙しくなりそうだと、忍が微笑んだ。
 蓮川の瞳に、わずかに涙が滲んだ。
 全ては繋がっているのだと。だからもう、何も不安になることはないし、何も恐れることなんてない。
 重ねた唇の熱さが、そう語っているような気がした。


 さんざ疑いの目を向けながらも、割にあっさり二人の関係を受け入れた一弘であるが、気持ちはやはり複雑なものであるようだ。
「手塚……いや、もう忍と呼ぶぞ。いいか、絶対に、必ず、何がなんでも弟を幸せにしてくれよ?」
「もちろんお約束します」
 一弘の片手に持たれた杯に日本酒を注ぎながら、忍はにっこり微笑んだ。
「やっくん、結婚式とかはどうするの? 男の人同士ってどうやって籍入れたら良いのかしら? 向こうの親御さんへのご挨拶はどうしよう?」
「いやあの、すみれちゃん、いきなりそこまで考えなくても……」
 なんだか凄い大事になっていると、蓮川は一人おろおろする。
「ウエディングドレスは私に任せてね?」
「ド、ドレス?」
「やっくんに似合うの、わたし頑張って作るから!」
「お、おれに!?」
 ちょっと待てと激しく突っ込む蓮川の膝を、微笑んだままの忍がテーブルの下で思い切りつねり、蓮川は激痛に悶えた。
「いいから黙って誤解させておけ。これ以上話をややこしくしたくなかったらな」
「それ確実に先輩の見栄でしょーが……っ」
 ぼそぼそと小声で密約を交わす二人の前で、一弘が酔いつぶれテーブルの上に突っ伏した。
「弘くんたら、こんなになるまで飲むなんて珍しい。やっぱり、可愛い弟をお嫁さんにあげるのって辛いものなのね」
「色々誤解はあるけどそれは後で説明するとして、すみれちゃんは抵抗ないの? その、男同士とかって……」
「もちろん凄ぉーっくビックリしたわ。でも、二人の幸せそうな顔を見たら解るもの。大変なことも多いと思うけど、出来る限り力になるから、いつでも頼ってきてね。わたし達、もうみんな家族なんだから」
 にっこりと明るい笑みを浮かべ、すみれは言った。蓮川がジーンと瞳に涙を潤ませる。
「ありがとうございます。弟さんのことは僕に任せてください」 
「お願いします、手塚く……あ、もう、忍君で良いかしら? こんな時間だから、今日は泊まっていってね」
 こうして、あまりにも普通に、ごくごく一般的に、結婚報告は終了したのであった。 


 いやだから、結婚報告じゃない。まだ一緒に住んでもいない段階で、何故いきなりこんなスピーディに話は進んでいるのか。冷静に考えると疑問だらけの結果ではあるが、不思議と悪い気はしない忍であった。
「おまえ、この家に生まれて良かったな」
「確かに、今日ほどそう思ったことはないです」
 普通そうあっさり受け入れられない事実だろうが、当たり前のように許してくれた家族を、蓮川は心から誇りに思っているようだ。
「で、さっそくこの狭いベッドで二人一緒に寝ろと?」
 この家を出て七年近くも経つが、いまだ蓮川の部屋は高校時代と変わらない形で存在している。いずれは緑の部屋になるであろうが、弟が一人前の社会人になるまでは、いつでも帰って来れるようにとの配慮なのだろう。忍は改めて、愛情深い兄夫婦に感心を覚えた。
「……すみません、狭い家で」
 そんな兄夫婦の愛情に気づいているのかいないのか、おそらく気づいていないだろう。蓮川は相変わらず貧乏というコンプレックスを捨て切れないでいる。
「冗談だ。もう慣れてる」
 忍は悪戯っぽく笑うと、布団の上にぽすっと寝転んだ。
 いつものように狭いベッドの上に二人横たわり、蓮川が背後からそっと忍を抱きしめる。このまま安眠できるだろうと思った忍だが、もじもじと蓮川の身体が動くのを感じ眉をしかめた。
「ここをどこだと思ってる」
「だ、だって、そんな格好されたら……もう……っ」 
「なんの変哲もないパジャマ姿だが?」
「だってそれ、おれのパジャマじゃないですか……っ!」
「ここに置いてあるものしかなかったんだ、仕方ないだろう」
「そーじゃなくてっ、なんかこう……同じ男なら解るでしょう!?」
 蓮川はもう我慢ならないと言わんばかりに訴えると、半ば強引に忍の手首を掴み唇を重ねた。
 彼パジャマにどれだけ萌えてるんだと、あまりの性急さに忍はやや抵抗を見せた。
「馬鹿……っ、こんなとこで……出来るか……っ」
 壁は寮以上に薄く、しかもドアは襖一枚のみ。息遣いさえ容易に聞こえてしまいそうな場所で、何を考えてるんだと蓮川の手から逃れようとするが、一度暴走してしまった蓮川を止めるのは至難の技ではなかった。 
 いきなり頭からばさっと布団を被せられる。真っ暗闇の中で、パジャマの下から蓮川の手が潜り込んで乳首を摘んだ。
「声……我慢してくださいね……?」
 耳元で低く静かに囁かれる。忍の身体にゾクリと鳥肌が立った。


 蓮川は忍の乳首をクリクリと刺激しながら、下半身にもまた手を伸ばす。パジャマのズボンの中にもぐりこませると、そこは既に膨らみを見せていた。
「……っ……」
「だめですよ、我慢しなきゃ」
 焦らすように先端を弄ばれ、忍の頬が熱くなる。次第に荒くなっていく息。けれど声は必死で抑えた。
「ん……ぅ……っ」
 ペニスを上下に扱かれ、狭い布団の中で湿った音が耳に響く。絶頂に近づくにつれ、忍は苦痛に表情を歪ませた。わずかに声が漏れると、駄目だと言わんばかりに蓮川の左手で口をふさがれる。
「ぅ……んぅ……っ」
 背後から抱きしめられたまま、忍はふるふると首を横に振った。もう駄目だと訴えても、なかなかイかせてはもらえない。もどかしくてじれったくて、忍は更にもがいた。
「ほんとに我慢できない人ですね……?」
「ぅ……ぅ……っ、あ……!!!」
 突然激しく上下に扱かれ、達したと同時に口を塞いでいた手も離される。一際高い声が漏れ、忍はビクビクと震えながら瞳に涙を滲ませた。
 被っていた布団がめくりあげられ、突然視界が明るくなる。息を乱したままの忍は、両手で腰を掴まれ目を見開いた。突き出された尻に熱い息を感じる。逃げる間もなく、蓮川の舌がアナルを弄った。
「……ん……」
 布団をはずされ更に遮るものが無くなり、忍は必死で声を押し殺した。
 それなのに、蓮川はわざと音をたてるかのように、ぴちゃぴちゃと舌使いを荒くしてくる。絶対にこのシチュエーションに興奮してるだろうこの馬鹿と、 忍は心中で憤慨しながらも、自分もまた同等である以上、拒むことは出来なかった。
 濡れたアナルを指で広げられ、そこに熱い塊の熱を感じ、忍は首をよじって蓮川を睨みつけた。
「……っ、や……め……っ、もう、絶対に、バレる……っ」
「いいですよ。どうせもう、絶対にバレてますって。おれもさんざ我慢させられたので、あの人達にも我慢してもらいます」
 人のセックス音なんて不快なだけだと知っていながら、蓮川はもう何を躊躇うこともなく、忍の奥を目掛け腰を突き出した。
 この狭い家と壁と襖で、何もかも聞こえないわけがない。頼むから眠っててくれ。懇願しながら、忍は激しい快楽に追い詰められた。
「もう……我慢しなくていいですよ? ほら、おれの、気持ち良いでしょう……っ」
 肉が叩き合う音が耳障りなまでに響き渡る。
「あ……っ、あ……、ん……ぅっ……」
 嫌だ。でも、もっと欲しい。はしたない言葉を発しそうになるのを必死でこらえながら、忍はシーツを掴み揺さぶられ続けた。
 

 すっかり満足した蓮川がすやすやと寝息を立てる傍で、忍はそっと襖を開いた。布団が並べられている茶の間に、親子三人は川の字でぐっすり眠っていた。そのことに酷く安堵しつつ、そっと襖を閉める。
 全く、貧乏人というやつは。
 忍は深くため息をつき、ベッドに潜り込んだ。
 目の前には、まるで子供みたいな蓮川の寝顔。忍は高校時代の蓮川を思い出し、目を細めた。
 あの幼かった時代にも、ずいぶんと色々なことを我慢していたのだろうと思う。
 それにしても、いくら新婚家庭とはいえ弟の寝る真横の部屋で妻(しかも弟の初恋相手)を抱くとは、あまりにも酷すぎやしないだろうか。あの男も相当ヤバいなと思いながら、忍は蓮川に同情心を寄せずにはいられなかった。 
 いつでも愛と支配は表裏一体だ。自分は愛よりも支配をより多く感じ、蓮川は支配よりも愛を多く感じてきた。その違いは、一体何なのだろう。忍は考えるが、確かな答えを導き出すことは出来なかった。
 これ以上なく愛された反面、多くの我慢を強いられてきたであろう蓮川に自分の姿が重なり、忍は切ない想いばかりに囚われた。
 絶対に、絶対に、大切にする。
 忍は心の内でそう囁き、蓮川の柔らかい髪に唇を寄せた。

 
 大丈夫。この様子なら絶対にバレていない。
 翌朝、いつもと変わらぬ笑顔で見送ってくれた一弘とすみれにホッと安堵しつつ、蓮川の実家を出ると、二人はそのまま別の場所に向かった。
「忍先輩っ、いつまで怒ってるんですか?」
 しかし朝から一言も口を利かず、明らかに負のオーラを放ちながらすたすた歩き続ける忍に、蓮川は困り顔ばかりを向ける。
「昨夜のことなら謝ってるじゃないですか!」
 蓮川がもう謝ることに疲れたとばかりに言うと、忍はピタリと足を止め振り返り、鋭い瞳で蓮川を睨みつけた。
「だから何故そこで逆切れできるんだおまえは!? いくら兄に恨みがあったからといって、人を復讐の材料に使う自分の陰湿さを反省しろ!!」
「忍先輩に陰湿とだけは言われたくないですっ!! それに復讐目的だったわけじゃありませんって!!」
 いちいち余計な一言が多い蓮川に、忍はわなわなと肩を震わせながらもどうにか怒りの爆発をこらえる。いいかげん学習しろ自分。こいつに高圧的な態度をとってもより反発心を招くだけだ。それも高校時代と違って、先輩と後輩ではなく恋人同士という関係である今、脅し文句の一つや二つで屈服するはずがない。
「俺がおまえ以上に陰湿なのは認める。おまえが兄に復讐したくなる気持ちも、正直解らないでもない。だからこそ、もしおまえが俺と同じ事をされたら許せるのかと聞いてるんだ」
 忍はあくまで冷静に問うと、蓮川はようやく口を閉ざすが、どこか納得いかないというように口を尖らせる。
「……ちょっとは興奮してたくせに」
 完全に拗ねた口調でぼそっと呟いた蓮川の言葉に、忍は頭の血管が切れる音を耳にした。
「どうやら本気で呪い殺されたいらしいようだな?」
「す、すみませんごめんなさいおれが悪かったです!!」
 本気も本気の殺気を感じ取ったか、蓮川は即効で謝罪した。
「でも、ほんとに復讐とか、そんなつもりじゃなかったんです……。それより先輩が、あんまり可愛すぎたから……」
 可愛いなんて言われて、嬉しかったことは一度もない。でも、もじもじと顔を赤らめて、いじけた素振りでそんなことを言われたら、忍はこれ以上怒りたくても怒れなくなってしまった。 
 代わりに両耳を思い切り引っ張ってやる。痛いと顔をしかめ、「やめて下さい~!」と叫ぶ蓮川を十分に堪能してから、ようやく許すことを決めた忍であった。