王子様の旅<前編>

 

 ある日、神様の目の前に二つの卵が降ってきました。

 

 
  黒い卵と白い卵です。


 「おや、これは何の卵だろう?」

 

 神様は他の天使の卵と一緒に、その二つの卵を温めました。

 
 やがて二つの卵が割れ、中からそれはそれは愛らしい赤ん坊が生まれました。

 
 けれど赤ん坊達の背に羽根は生えていません。赤ん坊達は天使ではなく人間でした。神様と天使しか住めない世界で、ずっと生きていくことはできません。

 
 いつか地上に送り出すために、神様は二人の赤ん坊が大きくなるまで、とても大切に育てました。けれどとても大切だったので、争いの耐えない地上に送り出すことが不安でなりませんでした。

 
 あまりに不安だった神様は、二人に大きな力を授けました。

 

 一人の青年には、この世界にたった一つしかない太陽の力を。

 
 一人の青年には、この世界にたった一つしかない月の力を。

 

 大いなる力を授かった二人の青年は、神様の元を離れ地上に降り立ちました。

 

 太陽の力を持った青年は、その大いなる力でたくさんの人々を助けました。

 
 太陽の力を持つ青年は、強い力を授けられました。青年はその強い力で、多くの命を助けました。誰もが青年に感謝しました。そして誰もが、青年の持つ力を欲しました。


 やがてその力を欲する人々が、青年を奪い合おうと戦争になりました。その戦争で多くの人々が倒れ、多くの自然が破壊され、たくさんの命が失われました。

嘆いた青年は、自らの手で、その身と共に大いなる力を封じました。

 

 
 月の力を持った青年は、その大いなる力でたくさんの人々を助けました。

 
 
 月の力を持つ青年は、知恵を授けられました。青年はその知恵で、多くの人々を助けようとしました。けれど知恵のある青年は人間達が自分の力を奪い合うことを知っていましたので、奪おうとする人々を次から次へと排除しました。世界は平和でしたが、その影でたくさんの命が失われました。

 

 疲れ切った青年が、ほんの少し休もうと木の幹に背を預けたその時、一本の矢が青年の胸に突き刺さりました。青年の胸を貫いたのは、とても小さな子供でした。その子供は、両親を青年に殺されていたのでした。憎しみに満ちた子供の目の前で、青年は命と共に大いなる力を封じられたのです。

 

 その様子を天国から見守っていた神様は、嘆き悲しみました。

 
 どうしてこんな事になってしまったのだろう。あの力はあの子達を幸福にするためのものであったはずなのに。こんなことならば、大いなる力など授けなければ良かった。


 
 後悔ばかりを胸に、神様は二人の青年の魂を、人々と同じように星に還します。

 
 無数の星の中に、小さく光る二つの星。

 
 神様は、ほんの小さな光だけを与えました。

 
 もう誰にも見つからないように。誰にも奪われないように。二人一緒にいつまでも、幸福に輝いていられるように。


 
 無限に広がる宇宙の片隅で、小さく輝き続ける二つの星。







「それが「双子星」……ですよね」

「なんだよ、知ってたのかよ」

 地面に背を預け、夜空に浮かぶ無数の星を眺めながら、ティノがぼそっと呟いた言葉に、ハーブは面白くなさそうに言葉を返した。

 ティノがむくりと上半身を起こす。

「そりゃ知ってますよ。有名な神話ですもん。でもその「双子星」、いまだにどれなのかさっぱり分からないんですよね、俺」

 もう一度夜空を見上げながら、ティノは不満げに言った。

「あれじゃねーの?」

 ハーブは寝転んだまま、どう見ても適当だと思われる二つ並んだ星を指差す。ティノが眉をしかめた。

「絶対、分かってないでしょう、ハーブさん」

「……分かったとこで得があんのかよ」

 今度は疲れたように言って、ハーブもまた上半身を起こした。

「にしても、何で俺達だけ野宿なんでしょうね……」

 ティノもまた疲れ切った様子でため息をつく。

 長旅で野宿には慣れているとはいっても、やはりちゃんとした宿屋でベッドの上で眠りたい。しかし肝心の路銀は尽きている。空っぽの銭袋を眺め、ティノはまたしても深くため息をついた。

「ったくあいつらの要領の良さには、呆れを通り越して感心するぜ」

 ハーブは怒り半分、呆れ半分の口調で言った。

 今夜野宿をしなければならないのはハーブとティノのみ。しかし現在、旅仲間は全部で四人。

では肝心のあと二人はどうしているかといえば……。



 

「あ~、極楽極楽っ!」

 とても地の果てベルシアにあるとは思えないほど至れりつくせりの宿屋の温泉につかりながら、チェルシーが感嘆の声をあげた。その目の前で、小さな桶の中で同じように湯につかりながら、クールもまた満足気な笑みを浮かべる。

「お手柄だったな、チェルシー」

「っていうかラッキーだったよね~」

 温泉からあがり、服を着込んで湯屋から出て客室に向かう途中、チェルシーの前に品の良い顔立ちをした青年が立ちはだかる。チェルシーは慌ててクールを懐に忍ばせた。

「チェルシー姫、少しは旅の疲れが癒せましたか?」

 青年が上品な笑みを浮かべながら、丁寧な声を発する。チェルシーはにっこり微笑んで両手で手を組んだ。

「ええ、おかげさまでとーーーっても疲れが取れましたわ! 全てあなたのおかげです、ルマージュ王子!」

 チェルシーが大袈裟なまでに感謝の声をあげると、ルマージュという名であるらしい青年は、満足気に前髪をかき上げ自信に満ちた笑みを浮かべる。

「なに、困っている女性を助けるのは当然の事ですよ。今夜はゆっくりお休みになられて下さい、姫。では、good night」

 投げキッスと臭すぎる台詞を残しチェルシーに背を向け去っていくルマージュを、チェルシーは変わらずにこにこと愛らしい笑みを浮かべながら手を振って見送る。しかしルマージュの姿が見えなくなるなり、チェルシーは振っていた手をピタリと止めて目を据わらせた。

「ったく、何でこんな辺境の地にあの馬鹿王子がいるんだっつの」

 先ほどまでの笑顔はなんだったのか、チェルシーは悪態ばかりをつきながら、ルマージュが用意してくれた豪華な客室に足を踏み入れる。

「おまえも大概、二重人格だな」

 ひょこっとチェルシーの懐から姿を現し、クールがどこか呆れながらも冷静に言い放つ。

「そりゃ利用できるものは馬鹿でも利用しなきゃ。どうせ有り余るほどの護衛連れての観光旅行だろうけど、おかげでこっちはラッキーだったよ。野宿なんて絶対したくないもんね」

 ドサッとベッドに腰を降ろし、長い髪をタオルで拭きながら言うチェルシーの横で、クールもまたチェルシーのタオルの端っこで濡れた髪を拭く。



 

 事の始まりは、半日前のこと。

「え~っ、野宿なんか嫌だよーーっ! どっか宿屋泊まろうよ~~!!」

「だから、もう路銀がねぇっつってんだろ!?」

 足場の良い場所にテントを張るため地面に杭を打ちつけながら、ハーブは声を荒げた。これだから温室育ちのボンボンは。思いながら、文句ばかりを言い続けるチェルシーを睨みつけるが、チェルシーもまた負けずにハーブを睨み返した。

「どっかの誰かがろくに計算もせずに食堂でがっついたせいで、宿賃足りなくなったんでしょ~~??」

 チェルシーの言葉に、ハーブはやや怯んで言葉を詰まらせた。

 確かに「食べすぎ!」と注意されていたにも関わらず、食堂で料理を注文しまくったせいで路銀が底をついたのは誰のせいかと言われれば、すみませんと謝るしかないハーブである。

「だから悪いと思って、こーやって親切にテント張ってやってるじゃねーか! 俺ぁ寝床なんざその辺の木の上で十分なんだよ!」

「野生の猿と一緒にしないでよ! 僕は人間としてまっとうな生活がしたいの!!」

「誰が野生の猿だっ、誰が!!」

「もういいかげん喧嘩やめて下さいよ。それより早くテント張っちゃいましょう、真っ暗になる前に」

 先ほどから延々と言い合いを続けるハーブとチェルシーを横目に、ティノがハーブと同じように地面に杭を打ちながら呆れ口調で言った。

 口をとがらせるチェルシーを横に、まだぶつぶつと文句を言いながらハーブが作業を続けようとしたその時。

「あなたは……チェルシー姫ではありませんか!?」

 ふと通りがかった、大勢の騎士達に囲まれ白馬に乗る一人の青年に声をかけられ、四人は一斉に振り返った。

「あなたは……」

 チェルシーが青年を見るなり目を見開く。どうやら見知った様子の二人を前に、ティノとハーブが顔を見合わせた。

「どうなされたのです、こんな辺境の地で!!」

 青年がやたらと大袈裟に言いながら、白馬から降りてチェルシーに駆け寄る。途端にチェルシーが瞳に涙を浮かべた。

「ルマージュ様……っ、実は私、この男に騙されて無理矢理こんな場所に連れ去られて……っ!!」

 そして何を思ったか、ルマージュの胸に飛び込んでいく。「この男」呼ばわりされたハーブがぎょっと目を丸くした。

「貴様……っ、いたいけな女性になんて破廉恥な真似を……許せん!!!」

 ルマージュが鋭い視線をハーブに向けた。

「え……いや、ちょっと待て……! 誰が無理矢理……っ!!」

「皆の者、今すぐこの下賎な男をこらしめてやれ! さあ、姫、私と共に参りましょう!」

「ありがとうございます、王子様……っ」

 手を差し伸べられるままに、チェルシーがルマージュの白馬に乗った。

「ま……待てっ、おいっ、チェルシーーーーっ!!!!」

 成敗しようと襲ってくる騎士達の攻撃を次々と避けながら、ハーブはルマージュと共に去っていくチェルシーに声を荒げるが、チェルシーはハーブに向かってあっかんべーをするのみ。

「あの野郎~~……っ」

 わなわなと肩を震わせながら、騎士達を次々と倒していくハーブであった。

 
 

 というわけで、現在チェルシーとクールは豪華な宿屋に、ハーブとティノは山中で野宿と相成っているわけだが。

「ちゃっかりした奴だな」

「あ、それクールには言われたくないなぁ。確かハーブの壷の中にいたはずなのに、いつの間に僕の鞄の中に潜り込んでたわけ?」

 恐らくは即座にこちらの方が得だと判断して魔法でワープしたのだろう。実際、豪華な食事とのんびりつかれる温泉、ふかふかのベッドにまでありつけたのだから、クールの判断は間違っていなかったものと思われる。

「あーもう、いっそこのままルマージュ王子達と一緒に国に帰ろうかな~」

 ベッドの上に寝転がって、チェルシーが半ばやけ口調で言い放った。しかしふと目を向けたクールが少し目を伏せたことに気づいて、慌てて身体を起こす。

「あ、嘘だよ、嘘! ちゃんとクールの身体を取り戻すまでは一緒にいるから!」

「……気を使うな。おまえが無理して付き合う必要はどこにも無い」

「……無理なんてしてないよ」

 チェルシーが真剣な目をハーブに向けた。それから悲しげに目を伏せる。

「ごめんね、ちょっとだけイライラしてたみたい。本当に、無理なんかしてないから……」

 申し訳なさそうに言うチェルシーに、クールはそれ以上何も言わなかった。

「それはそうと……勝手に僕に着いてきちゃって、ハーブ、心配してるんじゃない?」

「……させておけばいい」

 どこか拗ねたようなクールの様子に、チェルシーはぴんときて苦笑を浮かべた。

「昨日のこと、まーだ怒ってるの?」

 尋ねるが、クールは応えない。チェルシーはますます困ったような笑みを浮かべる。

 昨日、例のごとくハーブが美女に目を眩ませ、怒ったクールと大喧嘩。何とか仲直りしたかと思ったが、どうやらまだしこりは残っているらしい。

「ま……とりあえず、今日は寝よっか」

 どうせ明日になって合流すれば、またすぐに仲直りする。

 思いながら、チェルシーはベッドの上に身体を横たえた。その隣で、クールも横たわる。

 


 余程疲れていたのか、チェルシーはすぐに眠りに落ちていった。

クールはその寝顔を見つめながら、神妙な面持ちをする。

チェルシーが疲れているのは無理もない。いくら男とはいえ、産まれた時からずっと姫として城の中で暮らしていて、旅には少しも慣れていないのだ。いいかげん、この長旅を終わらせて城に帰らせてやらなければならないというのに、本体を保存している場所が少しも思い出せない。何故思い出せないのか、自分でも分からない。今はとにかく検討のつく場所を闇雲に探し回っているが、この広大な土地でそんな無謀な探し方をしていたところで、見つけ出せる可能性など皆無に等しい。

(どうして……)

 思い出せないのだろう。

クールは起き上がり、苦悩に満ちた瞳で窓から夜空を見上げる。

ハーブも今頃はこの星空を見上げているだろうか。そう思い、ますます苦悩の色を浮かべた。

 本体は、確かにこの地の果てベルシアに保管した。

 それなのに、肝心の場所をすっかり忘れているなんて、この自分が有り得ない。

『本当は、怖いんだよね? 責任から解放されたら、ハーブが離れていきそうで』

 不意にクールの脳裏に、いつかのチェルシーの言葉が蘇る。

 もしかしたら。ずっとそう思っていたが、やはりそうなのかもしれない。無意識の内で、自分に自分で暗示をかけているのかもしれない。もし思い出して、本体を取り戻して、元の自分に戻ったら、ハーブはまた……。

 心の中に浮かび上がった疑惑を打ち消すように、クールは首を横に振った。

 そしていつまでたっても変わらない、自分の心の弱さに幻滅する。

 信じると決めたのに、何故こうも疑念ばかりが浮かび上がってくるのだろう。

 どうして、信じ切ることが出来ないだろう。

『クール』

 ハーブの声が頭の中に響く。

 もう二度と、離れたくない。

離れることが不安で怖くてたまらない。

 だから。

 だから……。


(思い出しちゃ、だめだ……)


(違う)


(思い出さなきゃ)


(違う)


(思い出すな)


(違う……!!)

 
 もう、やめてくれ。

 自分で自分が分からない。

 はっきりしているのは、ただ一つだけ。


(ハーブ……)


 ずっと、ずっと、一緒にいたいんだ。

 例えばそう、無数の星の群れに小さな輝きを放ちながら、いつも一緒に並んでいる、あの双子星のように。




「なんか……腹立つな」

「腹立ちますね」

 翌朝、昨日の事など何も無かったように合流したチェルシーとハーブの艶々した肌を目前にしながら、ハーブとティノは低い声を放った。

「今日はどこ行く~?」

 しかしそんな二人の不穏な空気などまるで無視して、チェルシーが地図を広げる。

「あのどっかの国の王子様はどうしたんだよ?」

「さあ? どうせすぐ帰るでしょ」

 ハーブに尋ねられ、チェルシーは淡々と応えた。

「おまえ……世話になった相手にそれだけか?」

 ハーブが眉をしかめた。

「うるさいな~、ちゃんとお礼は言ってきたよ。それより今日はどこ探すの?」

 面倒くさそうに言うチェルシーに、ハーブは呆れたようにため息をつきつつも、地図に目を向けた。

「とりあえず一番近い、この城に行ってみっか」

 ハーブがそう言って指差したのは、既に形も失っているごく小さな城だった。

 四人は荷物を整え、城に向かうためその場を歩き出す。

「クール、来いよ」

 不意に、ハーブが振り返り、チェルシーの肩に乗っていたクールに声をかけた。しかしクールはフイと顔を背け、その場から動こうとしない。ハーブは一瞬むっとした表情で口をとがらせたが、それ以上は何も言わずにさっさと歩き出した。




 たどり着いた城は半分に崩れ、形も無くなっている。

 どうやら強力なモンスターもいそうにない。四人は最低限の装備を整え、蔦の絡まる門をくぐり抜けて城の庭に足を踏み入れた。

「クール、ここは見覚えある?」

 真っ暗で不気味な雰囲気の漂う城を目前に、チェルシーが肩に乗るクールに問いかけた。

「ああ……確かかつて特殊な魔法を使う黒魔術師達の住んでいた城だ」

「へえ、特殊な魔法ってなーに?」

「私もよくは知らない。その種族はとうに滅び、魔法も共に滅んだはずだからな」

「なんか……あんまり良い感じしないな~。たいした物も置いてなさそうだし、他のところ行った方が良くない?」

 チェルシーが持ち前の勘を頼りに、目の前を歩くハーブに訴える。

「行くだけ行ってみて損はねぇだろ。嫌ならここで待ってろよ、この程度の城なら一時間もありゃ俺一人で見回れる」

「あ、俺も行きますよ。待ってても退屈なだけだし。クールさんは、どうします?」

「……ここで待っている」

 ティノの問いかけに、クールは低く応えた。



 結局ティノとハーブが城の中を探索することになり、城に入っていく二人を見送り、チェルシーとハーブは庭にある木製の古い椅子の上に腰掛ける。

「クール、一緒に行かなくて良いの?」

 ふとチェルシーが気遣うようにクールに尋ねた。クールは神妙な面持ちを崩さない。ハーブと仲直りしたいくせに、どうやらまた頑なになっている様子のクールを前に、チェルシーは困ったように微笑んだ。

「姫!!」

 すると突然、聞き覚えのある声が耳に届き、チェルシーとクールは同時に顔をあげて声の方に顔を向ける。そこには馬に乗ったルマージュと護衛達の姿があった。

「どうなされたのです、このような危険な場所で!」

 ルマージュが即座に馬から下りてチェルシーに詰め寄る。

「王子こそ、どうなされたのです? それに、危険って……」

 どう見ても大したモンスターは居そうにない城を前に、チェルシーが眉をしかめた。

「この城には、決して触れてはならない『呪いの石』が存在するのです」

「『呪いの石』……?」

 チェルシーが目を見張ったと同時に、クールがボンッと音をたてて幻の等身大の姿に形を変えた。突然現れた青年に、ルマージュがぎょっと目を大きくする。

「思い出した、チェルシー。この城は危険だ。今すぐあいつらを追うぞ」

 クールが冷静ではあるが、どこか急いた様子で足を踏み出した。どうやら本当に危険な場所であるらしい。チェルシーもまた焦りを露に城の中へ向かう。

「お待ち下さい、姫! このような場所に女性が飛び込んではなりません!!」

 突然、がしっと肩を掴まれ行く手を阻まれ、チェルシーは眉をしかめた。

「あ……いや、でも、大事な仲間が中にいるんです……!」

 やや演技めいた口調でチェルシーが言うと、ルマージュは真剣な表情を城に向けた。

「……分かりました。では私が一緒に」

 ルマージュはキリッとした態度でそう言うと、城に向かって歩き出した。チェルシーはやや困った顔をしながらも、仕方ないように王子の後に着いていく。



 足を踏み入れるなり、ひんやりとした重い空気が身体中に纏わりつく。

城の中は、とてつもなく不気味な雰囲気が漂っていた。モンスターの姿は見当たらないが、それよりも遥かに不気味な得たいの知れない物の匂いを感じる。もしかするとモンスター達もそれを感じ取ってこの城に近づかないのかもしれない。そう思ったら、途端にハーブとティノの身が案じられ、チェルシーとクールはやや足を急がせた。

「姫……必ずや私がお守りしますので、私の後ろへ!」

 突如としてチェルシーの前にルマージュが立ちはだかる。しかしチェルシーは眉間に皺を寄せた。威勢良く自分の目前に立つのは構わないが、その前には剣の腕がたつと思われる護衛三人がしっかり王子を守っている。結局のところ、自分では何もせずカッコつけてるだけじゃないかと、チェルシーは呆れにも似た想いで護衛とルマージュの後を歩き続けた。