key<後編>

 

 やっぱりまだ、元気が無い。
 いつもより少し散らかったままの部屋を見つめながら、光流はスーツのネクタイをキュッと締める。
 また休日出勤。今日は意地でも休みたかったけれど、あの手のかかる後輩を放っておくわけにはいかず、思い出して心の中で舌打ちする。会ったら即効で締め上げてやる。そんな悪態をつきながら、時刻は既に昼前だというのに、まだパジャマ姿のままでテーブルの上に広げた経済新聞に視線を落としている忍に目を向ける。
「じゃ、行ってくるな」
「ああ」
 素っ気無い返事はいつものことだが、やっぱり、いつもと少し違う。
「忍」
 光流は明るい声を放った。忍が「まだ何かあるのか?」といった風に顔をあげる。
「今日、ハンバーグ食いたい。目玉焼き乗ったやつ」
「……わかった」
 また子供みたいなメニューを、とうんざりした風に忍は頷いた。
「じゃ、行ってくるな」
 はりきって仕事へ出かけて行く光流を見送り、忍はのろのろと腰をあげる。
 少し面倒だけど、仕方が無い。挽肉が無いから、買って来ないと。そう思いながら、着替えるためにクローゼットにむかった。
 
 
 ダイヤのついたシンプルな指輪を、彼氏が彼女の左の薬指にそっとはめる。似合いのカップルを前に、店員の表情が綻んだ。
「よくお似合いですわ」
「うん、いいね。これにする?」
 穏やかに告げられた瞬の言葉に、しかし真奈美は硬い表情で、首を小さく横に振った。
「気に入らなかった? じゃあ、こっちは?」
 瞬が真奈美の指から指輪をはずし、ケースに飾られた別の指輪を指差した。
「……いらない」
 ぽつりと発した真奈美の言葉に、瞬はケースに目を向けたまま神妙な顔つきをする。
 次の瞬間、突然、真奈美がその場から駆け出した。店内を出て行く真奈美を、瞬はすぐに追いかける。
 腕を掴んで引きとめたその時、真奈美が涙の溜まった瞳を瞬に向けた。
「どうして……っ」
 苦しげに声を発する真奈美を、瞬はやや悲しげな瞳で見つめた。
「分かってるんでしょ!? 本当は、瞬の子じゃないって!!」
 真奈美の瞳から涙が溢れる。苦しくて苦しくてたまらないように。
 立っていられないようにその場に座り込む真奈美を、瞬は黙って見つめた。堰を切ったように泣き続ける真奈美の腕をそっと掴み、立ち上がらせる。
「ゆっくり話が出来るところに、移動しよっか?」
 優しい声でそう言うと、瞬は真奈美の手を引いてその場から歩きだした。
 
 
「と、いうわけで」
「ったくてめぇは、人騒がせな真似すんじゃねえっ!!!」
 破談の報告をしに来た瞬を前に、光流がバン!!!と派手にテーブルを叩いて怒声をあげる。
「まあいいじゃん、結果オーライだったんだし」
 瞬はあっけらかんと言い放った。光流は心底呆れた様子でため息をついて、椅子に座りなおす。
「おまえなぁ……で、その女どーすんだよ? 子供は?」
「それがさあ、単にちょっと生理遅れただけで、実は妊娠してなかったんだよね~。ホントに早とちりだよね。これだから若い子は困っちゃうよ」
「何度も言ってるが、遊びで10歳以上年下の女に手を出すんじゃねぇ……っ」
「やっぱ古いな~、光流先輩。年の差なんて関係ないじゃん。問題は相性だよ、相性」
「てめぇはいっぺん死んでこいっ!!!」
 どれだけ心配したと思ってるんだこの馬鹿!!と光流は怒鳴りつけるが、瞬は何もこたえちゃいない様子だ。
「えー、でも、体の相性って大事じゃない?」
「いや、そりゃそーだけどよ……」
 瞬の問いかけに、光流は顔を赤らめながら律儀に応えた。
「あ、やっぱ先輩達って相性いいんだ? にしても、昔は上手に隠してくれたよね~。おかげでちっとも気づかなかったよ」
 不満げな様子で、瞬は光流を見据えた。光流顔がますます赤くなる。
「そ、そりゃ、とーぜんだろ!?」
「えー、せめて僕には話してくれても良かったんじゃない? なんかショックだなぁ、信頼されてなかったみたいで」
 どこか恨みがましい目つきをする瞬から、光流は気まずそうに目を逸らす。
「いや……そーいうわけじゃねーけど……おまえはともかく、蓮川に知られるわけにはいかねーだろうが!!」
 焦りを隠せない様子で光流が言った。
「まあね~。すかちゃんが知ったら人間不信どころじゃないもんね~。でももうそろそろ、教えてあげた方がいいんじゃない?」
「う……」
「僕でさえいまだに、あの頃先輩達が隣の部屋でヤりまくってました~なんて思ったらショックなのに、スカちゃんが聞いたら人間不信のあまり殺されかねないよ?」
「だ、誰がヤりまくって……っ」
 光流が一気に顔を赤面させる。
「違うの? そういえばたまにやけに物音うるさいな~と思ってたんだけど、あれってやっぱそういうことでしょ? あのうっすい壁の部屋で、よく出来たね~?」
「い、いや、そりゃ、たまに声大きすぎて押さえるのに苦労し……」
「そんな事はどうでもいい!!!」
 ガツッと派手な音と共に、光流が床の上に倒れ込んだ。怒りを隠さない表情で、忍が瞬を見据える。
「とにかく、もう二度とこんな人騒がせな真似はするな。おまえもいいかげん、一つところに落ち着いたらどうだ?」
「……いいの?」
 瞬が意味ありげな視線を忍に向けた。忍は思わず声を失う。瞬はにっこりと微笑んで立ち上がった。
「お騒がせしてすみませんでした。じゃあ、今日はもう帰るね」
 またねと手を振って、瞬はさっさと部屋を出て行ってしまった。
 玄関のドアが閉まる音を聞いた後、忍はやれやれと小さく息をつく。
 ふとテーブルに視線を落とすと、見慣れたキーホルダーのついた鍵が残されていて、忍は目を見張った。
 やや間を置いて、ほんの少し悔しいような想いで、鍵に手を伸ばす。
 チャリ、と鍵が小さく音をたてた。
 
 
 見慣れた部屋。居心地の良い空間。静かな時間。
 柔らかいベッドの上に寝転ぶと、好きな香りが鼻につく。
 羽根の枕に顔を埋めて、しばらくしてから、我ながら贅沢になったものだと思った。それから、ずいぶん、身勝手になったなと。
 誰よりも幸せになって欲しいと願うのに、この場所を失いたくないと思っている。瞬の気持ちに応えられないとわかっているのに。あまりにも身勝手で、贅沢だ。許されていいはずがないのに、結局またこの場所に来てしまっている。
 このままで、良いはずがない。
 いいかげんに終わりにしなければと思ったその時、玄関の方から物音がした。
 寝室の扉が開く。
「あれ、起きてたんだ?」
 いつもの優しくて穏やかな、周囲がパッと明るくなるような笑みが飛び込んできて、忍はなおさら胸が苦しくなるのを感じた。
「光流先輩、仕事? 今日は泊まっていけるの?」
「……鍵」
「ん?」
 忍は起き上がって、手に握っていた鍵を瞬に手渡す。けれど瞬は受け取らなかった。
「どうして返すの? 僕のこと、嫌いになった?」
「……そうじゃない。ただ……」
 少し言いにくそうにした後、忍は思い切ったように言葉を続けた。
「これ以上……おまえに甘えるわけにはいかない」
 瞬から視線を逸らしたまま、忍はどこか悲しげな目で言った。
「……どうして?」
 穏やかな声で瞬が尋ねる。忍は応えない。
 ふと、瞬が忍に歩み寄り、そっと忍の耳元に手を寄せた。くすぐったい感覚に襲われ、小さく忍の肩が震える。
「僕のこと、嫌いになった?」
 もう一度、同じ問いかけをする瞬に、忍は戸惑いながら顔をあげた。
「そうじゃない。ただ、これ以上、おまえを利用するわけには……」
「へえ、意外。ちゃんといろいろ考えてたんだ?」
「どういう意味だ?」
 やや目を丸くして言う瞬の言葉の意味がわからず、忍は眉をしかめた。
「いや、別に? でも、利用って……ずいぶん飛躍した考えだね。そんな難しいこと考えなくたっていいじゃん。先輩はただここに来たくて来てたんでしょ?」
 軽い口調で言う瞬に、忍はやはり神妙な面持ちを崩さない。
「……だけど、俺はおまえの気持ちには応えられない」
「僕の気持ちはどうでもいいよ。それよりも、先輩の気持ちを教えて? 僕のこと、好き? 嫌い?」
 まっすぐな目で見つめてくる瞬から、忍は思わず視線を逸らした。
「俺には光流がいる。おまえを好きになる資格なんて……」
「好きか嫌いか、それだけ応えてくれればいい」
 忍の言葉を遮り、瞬が酷く真剣な表情で言った。忍は目を見張る。
 怒っているのか、それとも呆れているのか、考えながら不安げな表情を見せる忍に、瞬は優しく微笑んだ。
「応えてよ。僕のこと、好き? 嫌い?」
 落ち着いた声。いつもと少しも変わらない。
 躊躇いばかりを見せた後、忍はゆっくりと口を開いた。
「……嫌い……じゃない」
 本当はきちんと応えたかったのに、自分の想いとは裏腹に、勝手に声が嫌な言葉を紡ぐ。忍は何度目かの自己嫌悪に陥った。
「僕も、好きだよ」
 まっすぐな言葉で瞬が言った。
「一緒にいるのに、それ以外に、理由はいらないでしょ?」
 微笑む瞬に、忍は躊躇いがちに視線を向けた。
 目の前で、よく見知った顔が静かに微笑む。それだけで、心の中が暖かい何かで満たされる。
「まったく、なんでそう余計なことばっか考えるのかなぁ。忍先輩の人生なんだから、自分の好きなようにしたらいいじゃん」
 瞬はドサッとベッドの上に腰掛け、軽い口調で言った。
「……おまえは俺のものじゃないだろ」
 忍が低い声を放つと、突然腕を捕まれベッドの上に引き寄せられ、忍は瞬の隣に倒れ込む。
「忍先輩のものだよ」
 瞬は寝転んだまままっすぐな目を忍に向ける。
「僕が結婚するって言った時、少しは寂しがってくれた?」
「それは……」
 発そうとした言葉を、忍は躊躇した。
 当たり前だと、言いたかったけれど、言えなかった。
 それがどれほど我儘で身勝手な事かって、分かっていたから。
「僕は寂しかったよ」
 口を閉ざしたままの忍の瞳を真摯に見つめたまま、瞬が言った。同時に、忍の瞳が何かに気づいたかのようにハッと見開く。
「凄く……寂しかった」
 怒っているような、悲しんでいるかのような、拗ねているようにも見える、少しも感情を隠さない素直な瞳で見つめられたその刹那、忍の脳裏に記憶が蘇る。
 
『ハンバーグ食いたい。目玉焼き乗ったやつ』
 
 ああ……そうか、そういうことか。
 
 少し面倒だと思うくらいが、きっと、嬉しいんだ。
 
「……ごめん」
 激しい自己嫌悪と共に、忍は瞬の瞳を見つめ、小さく声を発する。
 
 好きだから。
 どうしようもなく好きだから、どんな身勝手も我儘も、困らせられることすら「嬉しい」って思える事くらい、とうに分かっていたはずなのに。
 ずっと、瞬のためだって想いながら、結局は自分のことばかりを考えていた気がする。自分に言い訳ばかりをしていた気がする。自分さえ我慢すれば、それで全てが丸く収まる。そうやって、今が崩れることを怖がって、諦めることばかりを考えていた。我儘を言って困らせることで、面倒だって、子供っぽいって思われることが怖くて、大人のフリをして格好つけて、ずっと、瞬の気持ちなんて少しも考えてはいなかった。考えていたなら、瞬の自分への想いを信じているなら、いつだって躊躇うことなく本当の想いを口に出せたはずなのに。
 
「好き……なんだ」
 切なげな瞳を瞬に向け、忍はありのままの想いを言葉にする。
「うん」
 瞬が目を細めて微笑んだ。
「誰にも渡したくない」
 なんて、我儘で、贅沢で、身勝手なのだろうと思っても、言わずにはいられなかった。
「先輩のものだよ」
 瞬が、あまりにも嬉しそうな顔を、するから。
「好き……なんだ……」
 溢れてくる感情のままに、声を発する。自然に目の前が涙で滲む。
「僕も、大好き」
 
 それ以外に、理由はいらないでしょ? もう一度、その言葉が脳裏に蘇る。
 
 例えばそれが、どんなに人を傷つけることになっても。
 例えばそれが、どれだけ身勝手で愚かなことでも。
 
 それ以外に、理由は要らない。
 
「……おまえといると、駄目になる気がする」
 それでもまだ自己嫌悪を拭いきれない様子の忍に、瞬はそっと手を伸ばす。髪に触れた手を耳元まで撫でるように滑らせる。
「駄目な先輩の方が、好きだよ。昔の先輩より、ずっと、ずっと」
 優しさばかりを含んだ声。忍は憂いを帯びた瞳で瞬を見つめた。
「好……」
 好きだよ。もう一度、言おうとした唇を、唇で塞がれる。
 優しく撫でるようなキスを、何度も繰り返す。
 このまま何もかも忘れて、我儘に自分勝手になって、何も考えずにこの優しさの中に身を投じていたいと思ったけれど。
「瞬……」
「……わかってるよ」
 大切な人の笑顔が、二人の脳裏に浮かび上がる。
 溢れてくる心のままに、我儘になって構わないのか、自分に問いかける。YESか、NOか、答えはそれだけだった。
 ゆっくり身を離した瞬に、忍は迷いの無いまっすぐな瞳を向ける。
 どうしても、傷つけたくない相手がいるから。
 答えは二人とも、同じだった。
 
 
「……帰る?」
「ああ……」
 薄く微笑んで忍が起き上がろうと身を起こす。
 突然、腕を捕まれシーツの上に背を押し付けられ、忍は目を見開いた。
 何事かと戸惑っていると、瞬が忍の首筋に唇を寄せる。腕を押さえていた手が、そろそろとシャツの下に潜り込む。
「瞬……っ」
「動かないで」
 動揺ばかりを露にする忍とは逆に、瞬はまるで冷静に声を発する。左手がシャツの中を這い、右手がズボンのベルトにかかる。
「おまえ……わかってるって……っ」
「だから、バレない程度に?」
 クスリと微笑んで、悪戯っぽい口調で瞬が言う。その間も手は休まず、気がつけばいつの間にかベルトが外されていて、下着の中にまで指が潜り込んできて、中心部をくすぐられ忍はビクッと小さく身体を振るわせた。
「や……めろ……っ」
「やーだ」
「怒るぞ……!」
「いいよ? 殴るなり蹴るなり、好きにしなよ」
 捲り上げたシャツの下から露になった素肌に口付けながら、瞬は動じない声で言う。
忍は怒りを含んだ表情で拳を握りしめるが、握った拳はそれ以上の動作を示さない。瞬は小さく笑いながら、忍の頬に唇を寄せた。
「相変わらず、僕には甘いね?」
「……っ……」
 瞬の余裕の態度に、忍は悔しげな瞳を向けるが、感じやすい部分を擦られ反射的に目を閉じる。
「悪いけど、今日は帰さないよ」
 昂ぶる熱と共に、ゾクリとするような声が忍の耳元で囁く。
「……は……っ……」
 焦らすようなもどかしい愛撫に、忍は目尻に涙を滲ませた。哀願するように瞳を向けても、瞬はもどかしい愛撫を止めない。忍は苦しげに瞳を閉じ瞬の腕を掴んで、強い刺激を欲する動作を示した。
「だめだよ、まだ」
「な……んで……っ」
「僕に寂しい想いさせた罰」
「勝手な……こと……っ」
 忍は再度、怒りを含んだ瞳を瞬に向けた。
「知らなかったの? 僕って相当、勝手だよ?」
 忍の中心を握り締めたまま、瞬は自信たっぷりに忍の耳元に囁いた。
 この二重人格。心の中でそう叫んで、忍は瞬を睨みつける。さんざ好き放題して人を翻弄させて、ずっと寂しさ抱えていたのはこっちの方だ。よっぽどそう言ってやりたかったが、言えば完敗のような気がして、結局睨みつけることしか出来ない。
 瞬はそんな忍に視線を落としながら、愛撫の手を強めた。
「そうやって、ちゃんといつも怒ってね?」
 瞬は微笑みながら囁いた。
 紅潮させた頬で、艶っぽい瞳で、そんな風に怒られてもむしろ愛しくてたまらない。耳たぶに軽く噛みついて、愛撫の手を強める。濡れた音を響かせると、忍の腕が瞬の首に絡まり、しがみつくように抱きつく。可愛いな~もう。心の中で呟いて、瞬は忍の身体を限界に導く。
「あ……、ぁ……っ!」
 よりいっそう忍の腕に力が篭り、同時に瞬の手の中に快楽の証が解き放たれた。
 息を乱し身体を弛緩させる忍から、そっと離れて、瞬はにっこり微笑んだ。
「こんなに汚しちゃ、今日は帰れないよね」
「……シャワー浴びてくる」
 忍はむっとした表情のまま起き上がり、ズボンのベルトを閉め、ベッドの上から降りて立ち上がった。
「洗ってあげよーか?」
「いらん!!」
 バタン!!と派手に寝室の扉を閉じてバスルーム向かう忍を見送りながら、瞬は実に可笑しそうに笑い続けるのであった。
 
 
「で、また喧嘩したわけ?」
 深いため息と共に呆れ声を放つ瞬に、忍は不機嫌さを隠さないまま、鋭い視線を向ける。
「今日は泊まってくぞ」
「だめ。帰って仲直りしなよ?」
 きっぱり言う瞬に、忍は更に視線を鋭くした。「好きにしろって言ったくせに」。心の声が聴こえてくるが、瞬は怯まない。
「だめって言ったらだめ」
 あくまで言い張る瞬に、忍は思わずといった風に声を発した。
「おまえはいったいどっちが大事なんだ!?」
 声を荒げる忍に、瞬は少し考えて、
「それは決められないなぁ」
 飄々と応えた。
「答えろ」
 不満と苛立ちを隠さないまま、忍が再度尋ねる。
「無理」
 またしても、瞬はきっぱりと言い切る。
「答えろ!」
「無理だってば。だって二人とも、同じくらい大切なんだもん」
 瞬の言葉に、忍は黙るが、やはり納得いかない様子だ。
 そんな忍に、瞬は笑いながら、あっけらかんと言い放った。
「仕方ないよ。決められないものもあるでしょ?」
 そう尋ねられて、忍は答えられず、だけどやっぱり納得いかなくて、それでも納得するしかないことに気づいて口を閉ざした。
『じゃあ忍先輩は、誰が一番大切なの?』
 もしそう聞かれたら、自分だって答えられないと、分かっていたから。