鼓動

   

   冬休み明け、自宅から緑林寮に戻った蓮川。


蓮川「瞬が……死んだ……?」

光流「……ああ」

忍「……」

蓮川「そんな……! どうして……!!! 嘘だ! 嘘だって言って下さい!!!


光流「……事故だ。屋上から足をすべらせて落ちたらしい。俺達だって、信じたくねぇよ……」(苦悩に満ちた表情)

蓮川「そんな……」

  きびすを返し、扉を開いて出て行く蓮川。

  忍、椅子に座ったまま沈黙。

  光流、窓辺に寄りかかり、疲れたように息を吐く。


光流「忍……これ、おまえ宛の遺書だろ?」

  長い沈黙の後、光流が一枚の封筒を忍の前に。忍、はっと目を見開く。


光流「あいつは事故で死んだんじゃない。……自殺だ。そうだろ?」


忍「……」

光流「自殺の原因は、……おまえか?」


忍 「違う……!」

ムキになる忍を真剣に見つめる光流。

光流 「だったらこの手紙は何だよ? おまえ……俺に何か隠してるだろ?」


忍「……」


光流「忍……」



   忍、突然立ち上がり、光流に背を向け部屋を出ようとする。


光流「待てよ、忍!」


忍「俺のことだ! おまえには関係ない!」 

  駆け出して部屋を出ていく忍。

  光流、肩を震わせ苦しげな表情。


  暗転。




『忍先輩へ。きっともう、言わなくてもわかってると思うけれど、最後にもう一度だけ言わせて欲しい言葉があるんだ』

  


  雪の降る夜。

  屋上の上から飛び降りる瞬の姿。


忍「瞬……!!」


   211号室。

   夢を見ていた忍が飛び起きる。


光流「忍……」

  はしごを降り明かりをつけ、忍の前に立つ光流。

忍「なんでもない……嫌な夢を見ただけだ」

光流「……眠れないのか?」

忍「いや……大丈夫だ」

光流「……明かり、消すぜ」

  忍、ドアのほうを見つめ目を見開く。

忍「誰か……いる」

光流「え?」

忍「いる……いるんだ、瞬が!」

 光流、青ざめながらドアに歩み寄り、扉を開く。誰もいない静かな廊下を前に、小さく溜息。
 

光流「誰もいないぜ」

忍「……」


光流「忍、いいかげん、教えろよ。そのままずっと、一人で抱え込むつもりか?」

忍「言っただろう……俺のことだ」

光流「どうしておまえはそう……!」

忍「おまえに言ってどうなる!?」

  突然声を荒げる忍に、光流、目を見張る。

忍「これは俺の問題だ。俺と……あいつの」

  忍、わずかに震えながら頑なな瞳を向ける。光流、拳を震わせ黙り込む。

光流「……わかったよ。だったらもう、何も聞かねぇ」

  光流、忍に背を向け、はしごを登る。


  暗転。


忍 (瞬……。どうしてなんだ……。おまえは一体、なにを望んだんだ……?)




  学園の風景。

  放課後、誰もいない教室。瞬の机の目前で、忍が遺書を破り捨てる。

忍「これが……俺の返事だ。例えおまえが俺のために死んだのだとしても、俺はおまえに支配などされない。何が真実かは、自分で決める……!」

  突然、教室の扉が開き、忍がハッとして振り返る。

忍「蓮川……」

蓮川「どういう……ことですか?」

  
 青ざめて震える蓮川を、冷たい瞳で見据える忍。


蓮川「どういうことですか忍先輩!? あいつは、事故で死んだんじゃ……!!!」


忍「……」

  蓮川、床に散らばった遺書の破片を一枚、拾い上げる。


蓮川「これは、瞬の遺書ですか!? なぜ破ったんですか!? 答えてください、忍先輩!!!」

忍「何故……? それこそ、俺が聞きたい答えだ。なぜあいつは俺を愛しているからといって、自殺しなければならなかったんだ?」

蓮川「あいつは……忍先輩のこと、好きだったから……だから? 死んでもいいくらい、愛してた……から……? だから死んだんですか……!?」

忍「違う。あいつは単に、俺の関心を引きたかっただけだ。俺が後悔すればいいとでも思っていたんだろう。結局、あいつは自分が可愛かっただけだ」

蓮川「(青ざめながら)そんな……忍先輩、あいつがそんな想いで、本当に自殺するとでも思ってるんですか……?」

忍「愛なんて……愛してただなんて、俺は信じない。こんなものはただの茶番劇だ!」


蓮川「忍先輩……!」

  忍、その場を駆け出して教室を後に。

  蓮川、床に散らばった遺書を拾い集め、肩を震わせる。



  保健室。
  

一弘「どうした? 最近ずっと機嫌が悪いな」

光流「いいから……、さっさとしろよ……」

  シャツを脱ぎ、ベッドの上に横たわる光流。その肩に口付ける一弘。

一弘「また、やけになってるのか?」

光流「っせぇな。あんたには関係ねぇよ」

一弘「つくづく似たもの同士だな、お前達は」

光流「……っ……ぁ……」

 呼吸を乱しながら、一弘の頭を抱く光流。天井を見上げ、苦しげな表情。

光流「どうしたら……消せるんだ」

一弘「何を?」

光流「負けたくない……。あいつの事、一番よく知ってるのは俺なのに……何もかも理解できるのは俺だけだったのに……、今、あいつの頭の中は瞬のことでいっぱいだ。でも、死んだ奴にどうやって勝てって言うんだ? 瞬は死ぬことで、永久にあいつを手に入れたんだ……!」

一弘「光流、何を言ってるんだ……? そんな考え方、おまえらしく……」

光流「俺はこういう奴だよ! 一番大事なものを奪われて平気でいられるほど、強くなんかねぇよ!!」

  鋭い瞳を向ける光流。一弘、苦しげな表情で黙り込み、そっと光流を抱きしめる。

  



    210号室。

  瞬の机の引き出しの中から見つけた本に挟んであった、一枚の手紙に目を向ける蓮川。


『すかちゃん、この手紙、みつけてくれてありがとう』

  手紙を見つめ、手を震わせる蓮川。

『きっと、すかちゃんは怒ってるよね。僕が、なんの相談もなしに、目の前からいなくなったこと。でもどうか、悲しまないで』

蓮川「瞬……!」

『すかちゃんにしか、頼めないんだ。だから僕の最後のお願い、聞いて欲しい。彼らがもう一度、光を、翼を、愛を、取り戻すために。そのためなら、僕は僕の身体が無くなることなんて、なんとも思わない』

『彼らは死んでも、僕を忘れない。そうして、僕達が共に過ごした時間は、永遠に続いていく』

  手紙を握り締め、意志の強い目をする蓮川。

  その場を駆け出し、部屋を出る。



  211号室。
  扉を開く蓮川。部屋に一人、本を読んでいた忍が振り返る。

蓮川「忍先輩……」


忍「どうした?」


蓮川「俺……やっと、わかりました。あいつが自らを犠牲にして、貴方に伝えようとしていたこと」


  忍をまっすぐに見つめる蓮川。死んだような目で蓮川を見つめる忍。


忍「おまえに何がわかる」


蓮川「俺だって……、俺も、瞬と同じ気持ちだからです」


忍「……」


蓮川「教えてください、忍先輩。あいつのこと……好きでしたか?」

忍「……いいかげん、ごっこ遊びはやめろ」

蓮川「……どういう意味ですか?」

忍「確かにあいつは、ずっと俺に言い続けていた。馬鹿みたいに、好きだ、好きだと繰り返し。まるで俺の心を試しているかのように」

蓮川「試す……?」

忍「あいつは、自分の欲を満たしたかっただけだ。俺という人間が自分に服従することが目的だったんだろう」

蓮川「おれ……俺には、忍先輩の言ってることの意味がわかりません……! あいつはただまっすぐに、貴方のことを想って……!!」

忍「そう、表向きはな。だが人間など、しょせんはみんな、自分のことしか考えていない。好きだ愛していると言いながら、心の奥底では、目の前の人間すべて自分に跪けば良いと思ってる。自分の思い通りになれば良いと願っている。愛? 笑わせるな。あいつはただ、自分可愛さに死んだだけだ。そうすれば、俺が永遠に苦しむことを知っていて。俺に自分を忘れさせないために。それのどこが愛だ? 自己満足以外の何ものでもないだろう?」

 

 蓮川、絶望に満ちた瞳で忍を見つめる。

忍「わかっただろう、もう出て行け」


 冷徹な忍を前に、蓮川の頬に涙が伝う。

 きびすを返し、部屋を出て行く蓮川。




  寮の裏庭。

  光流に詰め寄る蓮川。

蓮川「どうしてですか、光流先輩……!!!」


  泣きながら光流を問い詰める蓮川。


蓮川「どうしてあんな事……! あいつは、何のために死んだんですか!!??」


光流「落ち着け、蓮川……!」


 ようやく泣き止んだ蓮川。
 横に並んで座り、神妙な瞳を向ける光流。


蓮川「ずっと……ずっと、信じてました。いくら忍先輩が悪党だからって、心の底から悪い人じゃないって。だからみんな、どんなに恐れてたって、決して離れていったりはしなかった。それはみんなが……忍先輩のことを好きで……、それなのに……あの人は、少しも俺達に心を開いてなんかいなかった……!」


光流「……」

蓮川「瞬は……あいつは、それを知ってた。だから自らを犠牲にしてまで、それを伝えようと……。だけど、忍先輩の心には少しも届いていない……っ」

  蓮川の瞳から涙が溢れる。

蓮川「光流先輩、忍先輩のこと全部知ってますよね!? だったら教えてください! 俺、どうしたら、瞬の想いを伝えられるんですか……!?」

光流「それを……俺に聞いて、どうする」

  光流、真剣な目で蓮川を見据える。蓮川、はっと目を見開く。

光流「あいつのこと知りたいなら、何だって教えてやるぜ? 何から話す?」

蓮川「……いえ」

  蓮川、光流から目を逸らし、切なげに目を伏せる。

蓮川「いいです。……自分で、知ります」

  真剣に見つめあう二人。長い沈黙のあと、光流が静かに微笑する。


光流「やっぱりおまえは……強いな」


  蓮川に背を向け、その場を立ち去る光流。まっすぐに前を見つめる蓮川。





  緑都学園。

  遠くから忍を見つめる蓮川。

  友人に分け隔てない笑顔を向ける忍。

蓮川(違う……。誰とも、向き合っていないんだ。いつも、みんなから一歩離れてる……)

  (どうして今まで、気付かなかったんだ……)




  211号室。
  派手な音をたてて扉を開ける蓮川。
  やや驚いた表情をする光流に詰め寄る。

蓮川「光流先輩、今日から部屋を交代してください」

光流「な……なんだよ急に!?」

  蓮川、睨みつけるように忍を見据える。

蓮川「忍先輩、俺、貴方のこと、自分で知ります。だから今日から一緒の部屋で暮らす事に決めました」

  忍、眉間に皺を寄せるが、すぐ無表情に戻り蓮川から顔を背ける。

忍「……好きにしろ」

光流「ちょっ……待てよ、俺はそんなこと認めねぇぞ!!」

蓮川「これは寮長命令です。光流先輩、今すぐこの部屋を出て行ってください!」

  強い口調の蓮川に怯む光流。




  保健室。
  不機嫌さを露に、ベッドの上に寝転がる光流。

一弘「ほう、あいつが手塚と一緒に……。どうなる事か、見物だな」

光流「ったく、一度言ったらこっちの意見なんて聞きやしねぇ」

一弘「いいじゃないか、しばらく見守ってやれ。それとも怖いか?」

光流「……」

  更に不機嫌さを露にする光流。横向きになり、ぎゅっとシーツを握り締める。



  
  211号室。
  机に向かう忍を、コタツで勉強しながら見つめる蓮川。

忍「……いいかげん、諦めたらどうだ?」

蓮川「嫌です。貴方が本性見せるまでは諦めません」

  忍、拗ねたような顔をする蓮川を一瞥して、読んでいた本に目を向ける。

蓮川「あの……忍先輩、疲れません?」
 
忍「何が?」

蓮川「毎日そんなに、きっちりした生活送ってて」

忍「別に」

蓮川「だって、毎日きっかり朝5時半に起きて、同じ時間に学校行って生徒会の仕事して帰ってきて、同じ時間に飯食って風呂入って、9時きっかりにベッドに入って。まるでロボットみたいですよ?」

  本気で不思議そうな顔をする蓮川。忍、あくまで無表情。

忍「俺がそうしたところで、おまえに不都合があるのか?」

蓮川「いや……そういう事じゃなくて、疲れないのかなって……」

忍「いつものペースを崩す方が疲れるんだ」

  不可解な表情をする蓮川。

  沈黙が続き、勉強する蓮川が、不意に顔を上げる。

蓮川「瞬、この問題って……」

  言ってから忍に目を向け、ハッと目を見開く蓮川。

蓮川「あ……すみません。つい、癖で……」

  顔をうつむける蓮川。あくまで無表情な忍。

  しばらくの沈黙の後、蓮川が小さく肩を震わせる。

  忍、立ち上がり、蓮川のもとへ。タオルを差し出す。

蓮川「す……すみませ……っ……」

  タオルで涙を拭う蓮川。泣き止まない蓮川の隣で、蓮川のノートに鉛筆を
  滑らせる忍。

蓮川「……」

  蓮川、ノートに書かれた解答を見て、赤くなった目を忍に向ける。無表情に本に目を向ける忍に、切なげな表情。

  


  緑都学園。生徒会室。

副会長「あの……彼はいったい、どうすれば?」

   忍をじっと見つめながら、生徒会の仕事が終わるのを待つ蓮川を見て、困惑の
   表情を浮かべる副会長。

忍「放っておけ」
 
   忍、あくまで冷静に無視。忍を険しい表情で見つめ続ける蓮川。


 
  緑林寮。
  忍のあとをずっとくっついて回る蓮川を、半ば呆れ気味に見守る寮生達。

野山「あんだけ見張られてて、よう持つなぁ忍先輩。俺やったらとうに切れてるわ」

栃沢「ああ……」

  神妙な眼差しで二人を見つめる栃沢。


  
  211号室。

忍「……いいかげん、諦めたらどうだ?」

蓮川「嫌です」

忍「いくらつきまとっても無駄だということが、いいかげんわからんのか?」

蓮川「俺が見てるの、嫌ですか?」

忍「一日中ストーカーのように見張られて、気分を害さない奴がいると思うか?」

  蓮川、言葉を詰まらせるが、すぐに強気の表情を忍に向ける。

蓮川「……だったら、前みたいに呪いでもかけたらどうですか? 忍先輩だったら、俺のこと殺そうと思えば、いつでも殺せるじゃないですか。そうしないのは、本気で俺のこと拒絶してるわけじゃないからですよね?」

  忍、瞳をやや吊り上げる。

蓮川「どうしてそんな風に、本心を隠すんですか? 忍先輩、本当は優しい人じゃないですか! だからあいつだって、忍先輩のこと本気で好きに……」

忍「黙れ!」

  蓮川、ビクッと肩を震わせる。

忍「いいかげん、その頭の中に花が咲いてるような幼稚な考えを悔い改めたらどうだ?」

蓮川「幼稚って……! どっちが幼稚ですか!?」
 
  蓮川、忍に詰め寄る。

蓮川「人のこと少しも知ろうともせずに、自分だけが特別みたいな顔して、何もかもわかってるようなフリして、一番何もわかってないのは忍先輩じゃないですか!」

忍「なんだと……?」

蓮川「わかってるって言うなら、答えてください! 俺の趣味、なんですか? 俺の好きな食べ物は? 俺が苦手な科目は? 俺が喜ぶことは? 悲しむことは? 一つでも貴方に答えられるんですか!?」

  忍、やや怯んだ表情。

蓮川「俺は知ってます。忍先輩、毎日8時間は睡眠とらないと、次の日調子悪いですよね? 実はけっこう好き嫌い激しくて、嫌いな食べ物はいつも一番最初に食べますよね? 俺のことは少しも興味なくて、いつだって、見てるのは光流先輩のことだけですよね!?」

  忍、目を見張る。

蓮川「俺、ずっと忍先輩のこと見てたから……前よりはずっと、ずっと先輩のこと、知ってます! あいつだって、瞬だって……」

忍 「黙れ!!」

  忍、蓮川の胸倉を掴む。首を絞められ、苦しそうに顔を歪ませる蓮川。

忍「それ以上言ったら、本気で殺す」

蓮川「……いい……ですよ……っ、出来るものなら……、うっ……!」

  更に強く締め上げられる蓮川を、冷たい瞳で見据える忍。

  気絶寸前で、蓮川を解放する忍。蓮川、首を押さえながら咳き込む。

蓮川「殺さないんですか……?」

忍「次は本気で殺す」

蓮川「だったら今……殺してください」

  蓮川、立ち上がり、まっすぐに忍を見つめる。

忍「その目で……俺を見るな……」

  忍、蓮川の肩を掴む。

忍「あいつと同じ、その目で……!!」

  蓮川の肩に顔を埋め、肩を震わせる忍。蓮川、苦しげに眉を寄せる。
  


  
  210号室。

蓮川「俺、やっと、忍先輩のこと、わかったような気がします」

光流「……答えは見つかったか?」

蓮川「はい」

  清清しい表情をする蓮川を、どこか暗い瞳で見つめる光流。




  誰もいない図書室。


忍「いいかげんしつこいな、おまえも」


蓮川「俺、わかりました。貴方と向き合う方法」

  蓮川、突然拳を振り上げ、思い切り忍の頬を殴りつける。床に倒れる忍。

忍「……貴様……っ」

  立ち上がろうとする忍の胸倉を掴み、再び拳をあげる蓮川。腕を捕らえられ、逆に殴りつけられる。

 血の滲んだ口元を抑えながら立ち上がる蓮川、忍に向かっていくがあっさり倒される。それでも立ち上がる蓮川に、忍、やや戸惑いを見せる。

 再び拳を振り上げる蓮川。忍、その手を捕え投げ飛ばす。その時、数人の生徒達が図書室へ。徐々に増えていく生徒達の群れに、光流の姿も混じる。

 何度倒されても、立ち上がり忍に向かっていく蓮川。忍、息を切らせながら表情が崩れていく。

忍「いいかげんに……っ」

  再度振り上げられた蓮川の拳を掴む忍に、意思の強い瞳を向ける蓮川。

蓮川「諦めません……! 絶対に!!!」

  その気迫にやや怯んだ忍の胸倉を掴み、押し倒す蓮川。忍、強く頭を打ちつけ苦痛の表情。

蓮川「わかってるんでしょう!? 忍先輩だって本当は!!! あいつが、どんな想いで屋上から飛び降りたのか……!!」

忍「違う……!!!」

  忍、渾身の力を振り絞り、蓮川を押しのける。蓮川の首に手をかける忍。

蓮川「……ぐっ……」

  手に力を込める忍。蓮川の表情が苦痛に歪む。

  止めに入ろうとする生徒達を押しのけ、光流が二人に歩み寄り、忍の手を掴む。

光流「もう……やめろ」

  蓮川から手を離す忍。震える手で、蓮川を見つめる。

蓮川「忍……先輩……、信、じて……くださ……」
 
  青ざめながら意識を失う蓮川を、苦悩の表情で見つめる忍と光流。
  



  図書室にて。回想。


瞬「忍先輩」


忍「……」


瞬「ねえ、少しでも僕のこと、好き?」


忍「好きじゃない。いいかげん、しつこいぞ」


瞬「光流先輩のことは……?」


忍「良い友人だと思ってるよ」


瞬「人を、好きになったことがないんだね、忍先輩」


忍「好きになることに、意味があるのか?」


瞬「じゃあ先輩は、誰も愛さないの? これからもずっと、そうやって、誰も愛さずに生きていくの?」


忍「ああ、そうだ」


瞬「それで生きていけるの……?」


忍「誰かに支配されるくらいなら、俺は一人で生きていく」


瞬 「僕は……先輩が好きだよ。今までも、これからも、ずっと……」


忍「それが何だ? 俺はおまえになど支配されない」


   まっすぐに忍を見つめる瞬。頑なな瞳を向ける忍。


瞬「それなら、僕の全てをあげる。僕はもう……いらないから」


  忍に穏やかな瞳を向ける瞬。

  


  暗闇の中。


忍(もう、やめてくれ……!)


瞬『好きだよ、忍先輩』


忍(愛さない……!!) 


瞬『好きだよ』


忍(俺は、誰も……!!)


光流「忍」


  211号室。

  忍、眠りから覚醒。額に汗を流し、目の前の光流を見つめる。


忍「光流……」

光流「まだ……痛むか?」

  光流、そっと忍の赤くなった頬に触れる。忍、静かに起き上がり首を横に振る。

忍「俺より、あいつの心配をしてやれ。今頃身動きとれなくなってるだろうからな」

光流「おまえ、ちょっとは手加減してやれよな」

  苦笑する光流。 

  しばしの沈黙のあと、再び忍の頬に触れる。

忍「どうした?」

光流「忍……俺と……」

  酷く暗い瞳を向ける光流に、眉をひそめる忍。

光流「俺と……行く?」

忍「どこへ?」

  光流、暗い表情で忍を見つめ、そっと顔を近づける。

  唇同士が触れようとしたその時、扉をノックする音。

寮母「池田君……!」


  血相をかかえた寮母さん。


寮母「たった今、実家から連絡が……! 弟さんが事故にあったって……!」


  動揺を露にする光流。
  忍、ベッドから降り、光流の身支度を促す。




  211号室。

蓮川「良かったですね、正君、たいしたことなかったみたいで」

忍「ああ……」

  二人机に向かい、長い沈黙が続く。気まずそうな瞳を向ける蓮川に、あくまで冷静な忍。

蓮川「あの……傷、痛みません?」

忍「人のことより自分の身体を心配したらどうだ?」

蓮川「……そりゃ、まだ滅茶苦茶痛みますけど」
 
  拗ねたような目をする蓮川。

蓮川「忍先輩よりは、ましかなって」

  反応を示し、蓮川に目を向ける忍。

蓮川「……前に、俺、兄貴のことで泣いたじゃないですか」

  照れくさそうな蓮川の言葉に耳を傾ける忍。

蓮川「すごく、悔しかったんです。兄貴のこと、馬鹿にされて。それまでさんざ、自分が馬鹿にしてたくせに。本気で悔しくて辛くて悲しくて……それで、やっと気付いた。俺……やっぱり、兄貴のこと、凄く好きだって」

  忍にまっすぐな目を向ける蓮川。

蓮川「あん時、たぶん兄貴だって、凄く辛かったと思うんです。あん時だけじゃない……俺のこと育ててくれてた間、ずっと、ずっと……。でも俺、そんなことも知らずに反発ばかりして、今はそのこと、凄く後悔してます。だから、後悔してももう遅い忍先輩の気持ちは、俺の辛さなんか比べ物にならないだろうなって」

忍「……俺は後悔なんかしていない」

蓮川「もう、意地張るの、やめて下さい」

忍「だから、後悔などしていないと……」

  突然、蓮川が立ち上がり拳を振り上げる。忍、反射的に目を閉じる。ピタリと手を止めた蓮川を見上げる忍。

蓮川「俺、強くなります。何度だって貴方の拳を受け止められるよう、強くなります。貴方に何度傷つけられたって、必ず立ち上がります。だから、もう何も怖がらないで下さい」

  忍、目を見張る。

蓮川「……瞬のこと、好きでしたよね?」

  肩を震わせ、苦悩の表情を見せる忍。

忍「……好き……だった。でももう二度と……」

  忍の瞳から涙が溢れる。はっとする蓮川。

忍「瞬……!!」

  床にひざをつき、両手で顔を覆う忍。蓮川、咄嗟に忍の身体を抱きしめる。





『忍先輩へ。きっともう、言わなくてもわかってると思うけれど、最期にもう一度だけ言わせて欲しい言葉があるんだ』




『大好きだよ』






  光流の実家から寮に戻る二人。


光流「来てくれて、ありがとな、忍」


忍「……いや。もしおまえが……俺を必要とするなら……」


光流「……」


  無言で歩き続ける二人。


光流「……俺がいない間、蓮川と何かあったか?」


忍「どうして?」

光流「なんかおまえ、変わった気がするから」

  笑みを浮かべる光流。

忍「別に……何も……」

  どこか照れくさそうな忍を見つめ、緩やかに微笑む光流。

光流「俺も、最初から言えば良かったんだよな」

忍「……何を?」

光流「「愛してる」って」

  ピタリと足を止め、まっすぐに忍を見つめる光流。

忍「みつ……」

  突然唇を重ねられ、目を見開く忍。

光流「やっぱり、気付いてなかっただろ?」
  
  唇が離れると同時に、苦笑する光流。

光流「おまえさ、鈍すぎ」

忍「……どうして……今更……」

  わずかに震ええながら、戸惑いと怒りと悲しみが篭った瞳を向ける忍。

光流「……待とうと、思ったんだ。おまえが気付いてくれるまで。二人とも同じ闇を抱えたまま、暗い場所に連れて行くわけにはいかなかった……」

  切なげに目を伏せる光流。

光流「でも俺ももう、怖がるのはやめた。まっすぐに生きていくって決めたんだ。……あいつらと同じように」

  見つめ合う二人。

忍「そんなことが、許されるのか……?」

  光流が懐から一枚の手紙を取り出し、忍に手渡す。

忍「これは……」

光流「俺の実家にも届いてた。同じ手紙」

  青い空を見上げ、目を細める光流。

光流「あいつ……全部わかってたんだ。おまえの事も、俺の事も。だから、きっと、許してくれる」

忍「……出来ない」

  忍、瞬の手紙を握り締め苦悩の表情。

忍「俺には出来ない……! あいつを殺して、自分だけ幸せになるなんて……!」

光流「違う……!」

  光流、忍の身体を抱きしめる。

光流「あいつは自分の意思で死んだ。俺達を……救うために。きっと、いつもみたいに明るく微笑みながら……。だから、もう目を背けたら駄目だ……!」

忍「……」
  
光流「幸せに……なるんだ、俺達。あいつのためにも……」

  光流の瞳からも涙が溢れる。
  
光流「頑張って、信じて、絶対に幸せに……!」

  光流、泣きながら忍を強く抱きしめる。

  青い空を見上げながら、強く光流の身体を抱きしめる忍。

    


 『忍先輩』

 『好きだよ、忍先輩』


  瞬の声を聴いた忍、瞳から涙が溢れる。




   
   緑林寮。210号室。


蓮川「失ったものが、あまりに大きすぎましたね」

光流「ああ……」

忍「……」

蓮川「どうして、生きている内に気付かなかったんだろう……。あいつ、死ぬ間際までいつも笑ってたから……。あいつの苦しさ、少しでも知ろうとしてたら、止めることだって出来たはずなのに……!」

  瞬の机に手を置き、涙をこぼす蓮川。

光流「……にしたって、あいつも酷すぎだよな。何も、こんなやり方しなくたって……いいじゃねぇかよ……」

  光流、突然、ガンッ!と瞬の机を叩く。

光流「馬鹿やろう……っ!!」

  肩を震わせる光流。

  苦しげな表情の忍、ふと、瞬の机の棚から一冊の本を取り出す。

  表紙を開いたと同時に一枚の紙が床の上に舞い落ち、忍が拾い上げる。


『馬鹿はどっち? 僕のこと、ずっと忘れないでよね』


  語尾にハートマークのついた手紙。

  忍、穏やかに微笑む。