君といつまでも

 

 ずっと、この日を待っていた。
 
「布団、この辺でいいよな?」
 少し古いアパートの一室。俺は買ったばかりの布団を二組、幾つかのダンボールの置かれた和室の部屋に広げる。
「おまえも早く風呂入ってこいよ」
「ああ、そうする」
 引越しの準備ですっかり汗だくになった忍は、風呂場に直行していった。
 先に風呂に入ってスッキリした俺は、寝るための準備と、細かい荷物の仕分けをしながら、忍が風呂から出てくるのを待つ。
 今日から俺達の、新しい生活が始まろうとしていた。
 
 
 三年間、俺達は互いにとってかけがえのない友人だった。
 でも俺は今日、それを壊そうとしている。
 でも、壊すためじゃない。
 新しく始めるために。
「布団敷くと、やっぱり狭いな」
「ま、家賃八万じゃこの程度だろ。でも今までよりは、ずっと広いじゃん」
 苦心してやっと探し当てた、2Kのアパート。忍は少し不満そうだけど、俺は充分満足している。
 まだロクに家具も置いてない部屋に敷いた布団の上に胡坐をかく忍の、まだ濡れている髪の毛の先から雫が落ちる。
「ちゃんと乾かさないと風邪ひくぞ」
 俺は忍の持っていたタオルを奪い取ると、ガシガシと乱暴に髪の毛を拭いてやる。
 少し迷惑そうに目を閉じるけど、されるがままになっている忍は、三年前に初めて出会った頃からは想像がつかないくらい警戒心の欠片もなくて、完全に気を許している様子。
 でもごめん、今からちょっと、おまえのこと、裏切るかもしれない。
 三年かけて築いたこの信頼を崩してでも、俺はおまえを確かな形で手に入れたいから。
 そんくらい、もう……限界なんだ。
「電気消すぞ?」
 そう言って忍が立ち上がろうとしたその瞬間、俺は忍の腕を捕らえて引き寄せ、忍の唇に自分の唇を重ねた。
 キスくらいは、冗談半分でした事あるけど。舌まで入れるのは、当然初めてのことで。
「……っ……」
 驚きのあまり硬直する、忍の体。
 絡めようとしても押しのけてくる、熱い舌の感覚。
 唇が離れようとした瞬間、逃れようとする忍の肩を強く掴んで引き寄せ、もう一度深いキスをする。
 言葉なんて、与えたらいけない。
 だって分かるだろう? こんなキスしてたら、もう俺の気持ちなんて。
 押し倒した忍の口元から、唾液が流れる。何度も舌を絡ませていたら、次第に抵抗する素振りは見せなくなって、かわりにぎこちなく応えようとしてくる。
 さすが、キスは慣れてるけど、まだ戸惑いは伝わってきて、きっと今、頭の中めちゃくちゃ混乱してるんだろうな。
「なに……を……っ」
 やっと声を出せた忍の言葉なんて無視して、俺は首筋に噛み付くようにキスをして、跡を残す。
 ずっと、こうしたかったんだ。
 もう充分すぎるほど、俺は待ったと思う。
 三年間、何度も何度も自分を押し殺して、この日を待っていた。
 不安は無い。拒絶されるかもしれないなんていう怖さも。ここまで待ったから、俺は躊躇うことなく、忍を抱ける。おまえが拒絶しないことを、もう知っているから……。
 パジャマのボタンを外して、白い胸元に指を滑らせると、忍の身体が小さく震える。
 怖いのは、当然だ。でも、やめる気なんて微塵もない。
 声をかける代わりに、キスをする。何度でも、キスしたい。唇だけじゃなく、あらゆる部分に。
 紅葉していく忍の顔。決して俺を見ない、不安と動揺と恐怖の色が混じった瞳。
 夢に見ていたよりずっと、ずっと、忍の全てが、俺の本能を刺激する。
 早くもっと、いろんな顔が見たい。
 でも、焦ったらいけない。ゆっくり、時間をかけて、ただ感じさせてやりたい。一体どんな顔、するんだろう、おまえは。
 胸の突起を舌で愛撫しながら、俺はゆっくりと忍の下半身に手を伸ばす。
 下着の中に手を滑り込ませると、逃げるように忍の身体が退いたけれど、構わず中心部分を握り締めた。そこは既に昂ぶりを見せている。指先で先端をこすると、俺の腕を掴む忍の手に力がこもった。
 少しずつ乱れてくる忍の吐息が、俺を強く感じさせる。
 声は決して出さないけれど、忍も感じているのが確かに分かる。
 凄ぇ、いい。想像してたより何倍も。忍の感じてる顔見てるだけで、こんなに気持ちが昂ぶるなんて、思ってもみなかった。
「……あ……っ」
 思わず出してしまった声に恥らうように、忍が口元を抑えて顔を背け、目を閉じる。
 本当に、マジでやべぇって。
 その声もその顔もその瞳も、反則だから。
 たまらなくなって、パジャマのズボンも下着も一気に脱がせて、膝裏に手を当てて足を広げさせ、今度は口で愛撫する。先端を舐めてみたり、裏筋に舌を這わせたり、くびれを軽く噛んでみたり。忍が熱く反応するたびに、たまらなく愛しくなるのを感じながら、時間をかけて丁寧に抱擁を続ける。
 俺の唾液で濡れたそこを手で上下に扱きながら、また顔が見たくなって、唇を重ねる。
「ん……っ」
 その瞬間、忍の身体が大きく震えて、白濁が俺の手の平に放たれた。
 精液にまみれた手のまましばらく愛撫を続けていると、俺の腕の中で忍の身体が小刻みに震える。強く抱きしめながらゆっくり愛撫の手を止めると、強張っていた身体が徐々に弛緩していった。
 乱れる息。潤んだ瞳。薄紅色に染まった頬。どれもが愛しすぎて、もっともっと、感じさせてやりたくなる。
「忍……」
 初めて俺が口を開くと、忍は視線を合わさないまま、恥じらいばかりを露にして、俺に身体を預けるように力を抜く。
 夢、見てるみたいだった。
 もしかして俺はまだ、あの寮にいて、夢を見ているのかもしれないと、本気で思った。
 けれど想いは言葉にせず、そっと忍の身体を反転させると、俺の手を濡らす忍の精液を舐めて、布団の下に隠していた潤滑油の入った容器の蓋を開け指に垂らした。
 濡れた指で入り口をそっと撫でると、恐怖と不安で忍の身体が硬直する。
 大丈夫って言ってやりたいけれど、もうそこまで俺にも余裕がなかった。だって全然、大丈夫なんて言える自身は無い。
 挿入しやすいように、少し腰を浮かせて、ゆっくりと指を押し込んでいくけれど、簡単には飲み込んでいかない。出来うる限り痛くないように、前にも潤滑油で濡れた指を這わす。熱い内部が少しずつ、柔らかくなっていく。指先に感じる暖かい肉の感触が、どうしようもなく俺を昂ぶらせる。
 早く、繋がりたい。でも、傷つけたくは無い。
 これまで大切に、大切に、守ってきたのだから、焦って台無しにしたくはない。
 ゆっくりと一本ずつ指を増やして、俺自身を受け入れられるくらいに柔らかくなったそこに、もう限界まで昂ぶっている自身をそっと侵入させていく。
 熱い、感覚。
 内臓を突き上げるような、凄まじい快楽。
「……あ……っ」
 額からこめかみに流れ落ちる汗の雫。
 忍の背に口付けながら、更に深く自身を埋め込んでいく。いくら忍が痛みを感じていようとも、もう止められない。苦痛から逃れようとする腰を引き寄せ、忍の精液と潤滑油で淫らに濡れた前を上下に扱きながら、何度も奥深くまで突き上げる。
「あ……、あぁ……っ……!!」
 忍が感じているのが苦痛なのか快楽なのか、もう俺にも判断できない。
 ただ焼けるような肉の熱さだけが、理性も何もかもを失わせる。
 もう一度唇にも熱を感じたくて、忍の身体を横向きにさせ、左足を抱えて足を開かせ、腰を動かす。限界を見せはじめてる忍の自身を愛撫しながら、唇にキスをする。絡まってくる舌の熱が、更に俺の淫らな欲を刺激する。
 どう、しよう……。
 頭ん中、グルグルしてる。
 このままずっと、こうしていたい。
 いっそ溶け合って一つになれるものなら、俺はもう何を失っても、この手を離さないのに。
「みつ……る……っ」
 忍の瞳に滲む涙が、俺を呼ぶ声が、受け入れてくれる全てが、愛しすぎて切ない。
 ずっと、ずっと、こうしたかったんだ……忍。
 そう想った瞬間、今までの思い出が走馬灯のように蘇った。
 
 初めて本当の笑顔を見せてくれた時の、胸が躍るような嬉しさ。
 ちょっと拗ねた時、睨みつけてくる瞳の奥に宿る、不安げな眼差し。
 おまえがまるで空気読まない言葉を発して俺が呆れると、きょとんとした顔つきが可愛くて。
 どんなに冷静さを装ったって、虚勢を張って壁を作ったって、隠しきれない優しさや甘さは、俺だけしか知らない本当の忍の顔だった。

 なあ……知ってたか?

 色んなおまえの顔を見るたび、俺がどんなに、心の中を掻き乱されていたのか。

 おまえに知られないように、どれだけ必死で、この胸の内を隠してきたのか。

 自分でも無意識のうちに俺を求めてくるおまえの瞳に、何度も理性を失いかけて、今、やっと腕の中におまえを抱いている。

「好きだよ……忍」
 言いたくて言いたくて、溢れ出しそうになっていた言葉を、どんな気持ちで今、俺が口にしているか、きっとおまえは知らない。
 好きだよ。
 好きだよ。
 好きだよ。
 誰よりも、おまえが一番。
 「忍……」
 こめかみに伝う涙に、そっとキスをする。
 こんなに長い時間、ずっとずっと一緒にいて、初めて見る忍の涙。
 きっとまだ、俺の知らない顔が、たくさんあるんだろう。
 見せて欲しいんだ、全部。
 これからまた、俺達の新しい季節が始まるのだから。