Silence


「大学合格、おめでとう」
「ああ……」
「絶対に落ちると思っていたんだがな」
「それでも教師かよ」
 机に寄りかかりながら、目を据わらせて光流が言った。一弘はからかうように微笑む。
「卒業したらどうするんだ?」
「まあ適当に、安いアパート探して一人暮らしするつもりだよ」
「……そうか」
 静かに言って立ち上がり、一弘の手が光流のネクタイに伸びる。
 シャツのボタンをゆっくり外す。光流の胸元が露になる。そっと口付けると、髪に指が絡まってくる。そのままベルトを外しジッパーを下ろし、露にした昂ぶりを指で擦ると、光流の方がピクッと小さく揺れた。
 乱れる甘い吐息。額に滲む汗。潤む瞳。高潮する頬。
 もう二度と見られなくなるのだろうか。
 そんな事を思ってしまったら、止まらなくなった。

「……っ……も……焦らすな……っ」
「どうして欲しい? 」
 いつもは塞ぐ声。今日はやけに聴きたくなって、やんわりとした愛撫を続ける。
「舐……めて……」
 いつに増して快楽に忠実な少年の瞳が、耐え切れないように涙を滲ませる。いっそ限界まで焦らして泣かせてやろうか。酷く嗜虐的な想いでなおも指で焦らし続ける。光流の息が更に激しく乱れ、一弘の首にしがみついて尚も快楽をねだる。一弘は光流の身体を軽々と抱き上げると、ベッドの上に無造作に放り投げ、白衣を脱いで光流の上に覆いかぶさった。

「光流……」
「……ん……っ」
「俺と……」
「……やく……っ!」

 駄目だ、少しも聴こえていない。諦めて、中断していた愛撫を再開させる。
 執拗に耳を舐めると、ビクビクと身体が震える。どこまでも乱れさせたくて、強い刺激は与えないままでいると、いきなり腕を掴まれ引き寄せられ、凄まじい力で体制を逆転される。
「早く……つってんだろ……っ!」
 いいかげん我慢の限界だと怒った目を向けられ、一弘は苦笑した。
 上半身を起こし、光流の首に腕を回し抱き寄せ、肩に唇を這わせながら指で光流の内部を刺激する。気の強い瞳が、快楽に呑み込まれ色を増す。
「こっちも……触って……」
「自分で……出来るな?」
「あ……あっ……、く……っ」
 激しく指を動かすと同時に、光流もまた自身で刺激を加えたそこから精が放たれ、光流の手を濡らした。
 息を乱す光流の指を手にとり濡れた液を舐め、肩を押してシーツの上に横たわらせる。
 足を広げ抱えると、一気に突き上げられた光流の眉が快楽か苦痛か分からない形に歪んだ。
 喘ぐ声が室内に響き渡る。けれど今日は構わなかった。むしろ心地良い。
「も……っと……っ、もっと……早く……っ」
「無茶……言うなよ……っ」
「っ……ぁ……っ、イ……く……っ、イく……!!」
 ベッドが激しく軋む音と共に、自我を失いそうな快楽に翻弄される。
 ドクンドクンと心臓が揺れる音が重なり、汗がこめかみを伝い、乱れる呼吸のまま光流がゆっくりと身体を弛緩させた。

「……もっかい……する?」
「そうだな……」

 暗闇に包まれ始めた部屋に、息遣いだけが響き、また鼓動が重なった。

 
  確かな約束をしたわけではなく。
 けれど、夜に会おうと光流が言ったその瞬間に、これが最後なのだと当たり前のように把握した。
 真っ暗な白い部屋の中、とうに互いに身支度を整えたのに、先に部屋を出る気にはなれず、ずいぶんと長い時間、ベッドに座った光流の身体を背後から抱きしめる。
 決して自ら離れない光流が、いったいどういう想いでいるのか少しも読み取れない。

 ずっと、そうだった。
 ここにいるのに、いつでも心はここには無かった。
 どんなに抱きしめても、名前を呼んでも、繋がりあっても、いつも心は別の場所にあって。
 届きたくても届かないもどかしさと、決して触れられない心に、時に苛立ち、時に苦しみ、時に狂おしいほど───愛しく。
 それなのに、今、初めて、光流はここにいる。
 こんな、最後の時になって、初めて。

「もう……行くか?」
「うん……」

 小さく囁くと、光流も小さく頷いた。
 離れようとするその身体を、一弘は咄嗟に強く抱きしめた。光流の瞳がわずかに見開く。

「光流……」
「……」
「俺と……」

 酷く苦しげな表情で口を開いた一弘の腕を擦り抜け、光流は勢いよく床に足をつけて立ち上がった。

「じゃあな」

 いつもの無邪気な声。無邪気な笑顔。
 そこにいるのは、ただの一人の、よく知った生徒の顔だった。

「……ああ」

 きっと明日からも、当たり前のように彼は現れるのだろう。
 足をよろめかせながら腹痛や頭痛を訴えて、ベッドの上に寝転がる。
 そして自分は、呆れながらも平然とそれを受け入れる。

 それが当たり前で、ずっと、そうでなければならない関係だった。

 だから明日からは、ただ、元に戻るだけだ。


  静寂と暗闇に包まれる部屋の中、光流の足音がやけに木霊する。

 ガラリと扉の開く音。

 パタッと扉の閉まる音。
 
 愚かな自分達には相応しすぎる、静かで重苦しく、寂しい音だった。