虚偽

 偽りじゃない笑顔が、やけに遠くに感じて、胸が苦しくなった。

「も……無理……っ」
「おまえが言ったんだぞ、頭おかしくなるくらいイきたいって」
「あ……く……っ」
 ベッドの柵にタオルで縛られた手首に痛みが走る。
 幾度目かの限界の後、ようやく解かれた戒めに安堵するより先に、光流は一弘を睨みつけた。

「こーいう趣味、ねぇんだけど」
「俺もない。でも満足できただろ?」
「まーな」
 疲れ切った様子で言いながら、光流は白いシャツを羽織る。
「どうした? ずいぶん参ってるじゃないか」
「あいつが……よく笑うようになった」
「喜ぶべき事じゃないのか?」
「そうだけど……」
「怖いのか? 自分から離れていきそうで」
 返す言葉もないように、光流は沈黙した。
「人はいつまでも同じままじゃない。これだけ時間が経ってれば、あいつだって当たり前に成長するさそれを不安に感じるなら、さっさと気持ちを打ち明けるなり諦めるなりして前に進むんだな」
 一弘の容赦ない厳しい忠告に、光流は眉間にしわを寄せる。
「そりゃあんたみたいに、相手が女なら、俺だってとっくにそうしてる」
「言い訳するな。要は自分が傷つくことを恐れているに過ぎないだけだろ?」
「……っとに、ムカつく」
 光流はチッと舌打ちすると、ネクタイも締めないままブレザーを片手に、一弘に背を向けその場を去った。
 苛めがいのある奴。
 一弘は意地悪く笑って、それから小さく息をついた。

 ずっと、この手の中にあるのだと思っていた。
 自分だけが知っている笑顔。自分だけが知っている、本当の顔。
 無意識に求めてくる時の不安げな眼差しが、この頃は少しも見られなくなった。
 今、忍は自分の足でしっかりと立って、前を見て、自分の仲間を見つけ、嘘偽りのない笑顔を彼らに向けている。
 それはずっと望んでいたことのはずなのに、なぜこんなにも胸が苦しいのだろう。

「忍先輩!」

 隣の後輩達が、揃って忍に声をかける。
 そんな二人に、忍は柔らかく微笑みかける。
 優しさと、愛情を持った瞳で。

「光流」 
 
どこにいても、誰といても、忍はすぐに俺を見つける。
でも本当は、俺の方が先に見つけている。そうしていつも待っている。
おまえが、俺がここにいると気づくのを。

「忍」

 何も知らないフリ。今気づいたようなフリ。嘘偽りの笑顔を向けているのは、ずっと俺の方だった。
 だって知っていたんだ。
 俺が無邪気に笑えば、ただそれだけで、おまえは安心できるんだって。

 でももう、限界かもしれない。これ以上、嘘をつき続けることなんて、出来ないかもしれない。

 だから。

 だから……。

「忍」

「何だ?」

「同居の話……無かったことにしてくんねぇかな」

 一瞬、忍が目を見開いた。  
 酷く傷ついたその瞳を、なお愛しいと想い、奪えるものなら今すぐ奪ってしまいたかった。

 そして同じくらい、守りたいと思った。