先ほどまでの無垢な寝顔とは対照的な、酷く冷徹で鋭い瞳。
「減るものじゃないだろう?」
一弘もまた、冷たい瞳を向けたまま言い放った。
「そういう問題じゃねぇだろ」
まるで蔑むような態度でそう言うと、光流は上半身を起こす。一弘の目が一瞬険しくなった。
「娼婦だな、まるで」
一弘のその言葉に、光流が目を見張った。
「なん……だと?」
「聞こえなかったか? 薄汚い娼婦だと言ったんだ」
冷静に言い放った一弘の白衣の襟を、光流は怒りを隠せない表情で掴みあげる。
「てめぇに……何が分かる」
一瞬即発で人を殺しかねないような鋭い眼光。極力抑えた声が、心の内に宿る闇を顕著に示している。
「分からないし、分かりたくもないな。おまえは結局、人を信じてないだけだろう?」
光流が返す言葉を失ったかのように、一弘の白衣を離した。
「自分だけが辛さを背負って、自分だけが苦しんで、それで守ったつもりでいるだけだ。そんなものはただの自己満足以外の何者でもない」
容赦ない言葉を一弘は続けた。
「蹴りをつけてこいよ、光流。自分の気持ちをしっかり打ち明けて、当たって砕けて来い。そうしないと、いつまでたっても前には進めないんだ」
少しの間を置いて、光流が苦しげに前髪をかきあげる。<
長い沈黙のあと、光流がようやく口を開いた。
「……傷つけたくない」
ぽつりと呟くような、苦悶に満ちた声。
「あいつはそんな弱い奴じゃない。信じろよ、これまでのお前達の時間を。そんな簡単に崩れるものじゃないだろう?」
「でも、あいつが好きなのは……「友達」の俺なんだ……」
「そうやって一生、友達でいるつもりなのか? それが出来るのか?」
「やるしか……ねえだろ」
諦めにも似た口調。
「いいかげんにしろ!!!」
突然、一弘が光流の胸倉を掴み、シーツの上に強く押し付ける。光流が苦しげに目を閉じた。
「まだガキのくせに、何でもかんでも分かったようなフリをするな! カッコつけるより先に、やるべき事があるだろう!?」
真剣な瞳と声。初めて目の当たりにする一弘の激情に、光流の瞳は戸惑いを隠せない。
「行けよ、光流。行ってキスでも何でもしてこい。自分曝け出して「好きだ」って叫んでみろ。一生……後悔したくないなら」
まっすぐに光流の目を見据え、一弘は言った。
「それができないなら、今ここで無理やりにでも俺のものにするぞ」
あとわずかで唇が触れるほどの距離。
光流もまた、一弘から目を逸らさない。
「……分かった」
しばしの睨みあいの後、光流が静かな声を放った。
光流は一弘の手を押しのけると、軽々とした動作でベッドから飛び降り、ブレザーを片手に立ち上がる。
「さんきゅ……、目、覚めたわ」
一弘の横を通り過ぎる瞬間、小さく呟いて、光流は保健室の扉をガラリと開いた。
扉の閉まる音と共に、一弘の瞳に安堵と悲しさが同時に宿った。