(あ、なんかダメかも)
三時限目の授業の終わり間際、唐突に襲ってきた眠気に咄嗟にそう思って、休み時間が始まると共に教室を出ていつもの場所に向かった。
保健室の扉を開き、光流はわざとらしく足をよろめかせる。
「先生……」
「おう、また仮病か?」
もはや当然のように光流を迎え入れる一弘に、光流はニッと笑ってブレザーを脱ぎベッド脇の籠に放り込むと、真っ白なシーツの上に横たわって胸の下まで掛け布団をかけた。
目を閉じてしばらくして身体を横向きに動かし、薄く目を開いたまま真っ白なカーテンが揺れるのをぼんやりと眺める。
なぜだろう。つい先ほどまで、立ったまま眠れそうなほど意識が揺らいでいたのに、今はやけに目の前がハッキリしている。それなのに頭の中はまだ霧がかかったように意識が遠くて、ここではないどこか違う場所へ行きたいと願っている。
「せんせ……」
気がつけば無意識の内に、光流は小さく声を発していた。
少しの間を置いて、白いカーテンが静かに音をたてて開き、カーテンと同じ白色の衣をまとった一弘がゆっくりした動作で光流に歩み寄った。
「眠れないのか?」
落ち着いた声色と瞳でそう言うと、一弘は外した眼鏡を右手に握り締め、そっと光流の顔の横に置いた。そのまま左手の中指を光流の制服とネクタイの間に滑り込ませ、器用な手つきでタイをほどく。
伏し目がちの長い睫が一瞬小さく揺れて、茶色い瞳が少しの揺らぎも見せずに一弘の瞳を見据えた。
言葉はいらない。
シャツのボタンを一つ一つゆっくりと外す長い指先と、首筋に伝う唇の熱い感触。
象牙色のまだ幼い少年の肌が露になり、跡を残さない程度に吸い付いては、舌を這わせる。そのたびピクリと小さく少年の身体が反応を示す。淡い色の胸に口付けると、柔らかい髪がパサリとシーツを叩いた。
「……っ……あ……」
光流の額に、うっすらと汗が滲む。薄紅色に染まる頬を見下ろしたまま、一弘は愛撫の手を続けた。
声は出すなと教えた。けれど快楽に忠実な年頃の少年は恥らうことを知らず、感じるままに声をあげる。何度言っても無駄なら仕方ないと、時に口を塞ぎ、時に指を含ませ、どうにか静かに事を済ませる方法を身につけた。
「あ……イ……く……っ」
ラストくらいは仕方ないと、奥深くまで侵入した瞬間、一弘は光流の口を塞いでいた右手を外した。同時に光流の身体が大きく震え、精を解き放つ。急速に力が抜けて、息を乱しながらぐったりとうつ伏せに横たわる光流の目尻にうっすらと涙が滲んだ。
いつからか、もう何度目になるのか、はっきりと記憶にない。
始まりは、ほんの些細なことだったと思う。
ただ、どうしようもなく疲れていて。
眠りたくてたまらないのに、どうしても眠れずにいたら、「どうした?」と尋ねられて。
ただ一言「疲れた」って応えたら、同じような目で、「俺もだ」って言われて。
気がつけば唇が耳元に触れて、首にも、胸にも触れて、その感覚は不思議と少しも嫌じゃなかったから、なんとなく「まあいいか」って思ったのが悪かったのか。
そもそも良いとか悪いとかの問題でもなく、こういうのは感覚的なものであって、お互い他に大事なものがあるからこそ、こんな風にこんな関係を続けていけるだけの話。ただそれだけの事だ。
「やっぱ無理ってできねぇよな」
「無理してるのか?」
ずいぶんと疲れた様子でネクタイを結ぶ光流に、先にさっさと身支度を終えた一弘は机の上の書類にペンを滑らせながら尋ねた。
「してるぜ? そりゃもう、これ以上ないホドに」
「おまえらしくないな。そんなに無理してまで、なにを守りたいんだ?」
「あんたにも分からねぇの?」
意味ありげな目をして笑みを浮かべながら、光流は一弘に尋ねた。
「……気づかれるなよ、絶対に。俺と違って、おまえの相手は厄介すぎる」
やや厳しい口調で一弘は言った。光流が腰掛けていたベッドの淵から立ち上がり、ブレザーを羽織って口を開く。
「心配すんなって。嘘なら俺の方があいつよりずっと上手いからな」
言いながら、光流は保健室の扉へ足を向けた。
「威張れることじゃないな」
キッと音をたてて椅子が揺れ、一弘が平穏な笑みを光流に向けた。
「わーってるよ」
光流は振り向きもせずにそう言いいながら片手を上げ、保健室の扉を開き、一歩足を踏み出した。
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