Clover


「四葉のクローバーって、昔、探さなかった?」
 学校からの帰り道、缶コーヒーを持って少しだけと寄り道をした公園のベンチに座り、ふと足元に目を向けたら緑色の葉が目に入った。幼い頃の記憶を思い出した尋ねてみると。忍は「記憶にない」と覚めた口調で言っただけだった。
「持ってると幸せになれるんだぜ?」
「そんなもので幸せになれるわけないだろう」
「っとにおめーは夢がねーな」
 苦笑しながら光流は言う。


 幼い頃、弟と2人で、夕方になるまで必死になって探した四葉のクローバーは、2人一緒に母親に手渡した。あの頃、母親は四葉のクローバーを受け取って本当に嬉しそうに笑って、その笑顔が見たかったから自分もまた嬉しくてたまらない気持ちになって。

 だけどいつからだろう、視界に入っても、四葉の幸福のことを思い出しても、探そうという気にならなくなったのは。 クローバーがそこにあるということにすら、気づかなくなったのは。

 きっともう、とうに諦めていたからだ。
 そんなもので幸せになれるなら、誰も苦しんだりはしないって、知ってしまったから。

「そろそろ帰っか」

 ベンチから立ち上がったその時、砂場で遊んでいた子供が一人、声をあげて泣き出した。
 光流は子供のそばに歩み寄り、腰を落として目線を合わせ、子供に声をかける。しかし少しも泣き止まない子供を前に、少し焦りだしたところで、母親が姿を現した。

「光流」

 母親と手を繋いだ子供を見送り、やれやれと缶コーヒーの空き缶をゴミ箱に捨てたその時、ふと忍に声をかけられ、振り返った光流は目を見開いた。

 忍の人差し指と親指の間に挟まれた四葉のクローバーが、目の前で小さく揺れる。

 光流は目を細めて微笑んで、忍の手からクローバーを受け取った。
 忍は相変わらず無表情のまま、公園を出ようと先に歩き出す。

(可愛くねぇ)

 あっさり見つけてしまうところが。

 でも。

(探そうって、思ってくれたことが)

 どうしてこんなに、泣きたいくらいに幸福なのだろう。

 光流は四葉のクローバーを目の前で揺らす。光に透ける緑が綺麗すぎて、なおさら幸福ばかりを感じた。

 学生証を入れた黒いケースをポケットから取り出す。学生証のその後ろに隠した写真のさらに後ろに、光流は四葉のクローバーを差し込んだ。笑顔が良いなって思って、いつか四人で撮った写真の後ろに。

 突然、光流はその場から勢いよく駆け出して、忍の肩に腕をかけた。 「明日、良いことあるかもな!」 満面の笑みを浮かべた光流に、忍は「あるわけないだろう、馬鹿」と、微笑みながら言った。



 目の前が白色に染まる。掴んだシーツの上に、汗がぽたりと流れ落ちる。
「あ……、ぁう……!」
 掴まれた腰に伝う熱い手の感触。
 目の前の景色と同じように頭の中も真っ白に染まり、しばらくして身体を弛緩させると、パサリと上から布をかぶせられた。
 けれど今日は余韻に浸りたいような気分ではなく。
 行為を終えると、光流はさっさと衣服を身につけ、ベッドから降りてブレザーを羽織る。不意にブレザーのポケットから、黒いケースが音をたてて床の上に落ちた。

「光流、落ちた……」
「触るな!!」

 咄嗟に拾い上げようとした一弘の目が、一瞬驚愕したように見開かれ、ピタリと手が止まった。間髪入れず、光流が床の上に落ちたケースを拾い上げる。
 怜悧な表情のままケースを胸のポケットにしまって、光流は保健室を後にした。