旅は続くよどこまでも



 ここはベルシア、あらゆる強力なモンスターの集う地。
 
「そろそろ休憩しようよ~」
 古代の遺跡探索後、チェルシーが足を止め、疲れ切った声をあげた。
「そーだな、そのへんの食堂で飯食おうぜ、飯」
 同じく疲れた様子でハーブが言う。
「えーと、確か南の方向に町があったはずです」
 地図を広げながら、ティノが先頭きって歩き出す。
「あれハーブ、クールは?」
 チェルシーに尋ねられ、ハーブは今やっと気づいたように自分の肩に目を向け、眉間に眉を寄せた。
「またあいつ、勝手にどっか行きやがったな!?」
 つい先ほどまで肩に乗っていたクールの姿がどこにも見当たらず、ハーブは怒りを含んだ声をあげ、辺りをきょろきょろと見回す。
チェルシーとティノが小さくため息をついた。
「どうしてあの人、ああ身勝手な行動多いんでしょうね」
「そりゃ世界は常に自分中心だから」
「なるほど」
「感心してる場合かっ、てめーらもさっさと探せ!!」
 ハーブに一喝され、ティノとチェルシーはやれやれと肩を落としながら、辺りを探索し始める。
 いくら元大魔王とは言え、現在の実体は手の平に乗るほどの小人サイズである。巨大なモンスターに踏まれたらひとたまりもない彼を、一人放っておくわけにはいかなかった。
 それにしても、とティノもチェルシーも思わずにはいられない。
 クールの本体を取り戻すために、こうして地の果てまでたどり着いてあらゆる遺跡や洞窟を探索しているというのに、肝心の彼は実のところ身体を取り戻すつもりは全くないようで、このままでは一体いつになったらこの旅を終えれるのか分からないというのが現状。
 いいかげん一度は地元に帰りたい切実なティノと、そろそろ城に戻らないとマズいかな、でもこの旅もなかなか楽しいからまぁいいか、という気楽なチェルシー、それからいろんな意味で早いところクールの身体を取り戻したいハーブ。三人は、今日も己の世界のみに生きるクールに振り回されつつ旅を続けている次第なのである。
 
 
 数時間かけて必死こいて探し回った三人の前に、勇者の名を掲げるほどの剣士でも苦戦する高レベルのドラゴンを魔法で一撃で倒したと見られるクールの姿を発見し、三人はつくづく馬鹿馬鹿しいといった様子で町にたどり着き、食堂に駆け込んでようやく食事にありつくことが出来た。
「とりあえず今日はこの町に泊まりだね~」
「明日はどこ行きます? あと残ってるところといえば、ここの洞窟とこの辺の森と、荒れ果てたお城と……」
「この城の地下に埋めたような記憶があるような無いような」
 地図を見ながら、クールの身体がありそうな場所を片っ端からチェックしていくティノに、幻で等身大に見える姿のクールがあくまで無表情に言い放った。
「本当でしょうね~??」
 思いきり疑い深い表情をしながらティノが尋ねる。
「たぶんな。ちなみにこの城には剣士最高レベルの武器がある」
「マジですか!? よし、明日はこの城に行くぞ!!」
(都合良く使われてるな~……)
 心底喜ぶティノを前に、チェルシーが苦笑しながら心の中で呟いた。
「あれ? ハーブさんは?」
 ふと、さっきまで食事にがっついていたハーブの姿がないことにティノが気づき、あたりを見回す。
「さっきトイレに行くって言って……あ」
 同じように辺りを見回すチェルシーの視線が、一点で止まった。その視線の方向にティノとクールが目を向けると、食堂の隅の席にいる女性二人と、何やら和やかに話し込んでいるハーブの姿があった。
 すぐさまクールが席を立ち上がり、ハーブのもとに歩み寄る。
「ハーブ」
 背後からクールに声をかけられ、咄嗟にハーブがビクッと肩を震わせた。
「あ……いや別にナンパしてたってワケでは……」
「当然だろう? 私をこんな身体にしておいて、まさか女に手を出す気じゃあるまいな?」
 にっこり微笑みながら言うクールに、女性二人があからさまに引いた顔つきをする。ハーブは顔をひきつらせながら、さっさとその場から離れて自分の席にむかった。
「普通堂々とナンパする? 恋人の前で」
 戻ってきたハーブに、あからさまに呆れた様子でチェルシーが言った。
「ナンパじゃねーって! 単に声かけられたから、ちょっと話してただけだっ!」
「それにしては、明らかに鼻の下伸ばしてたよねー」
「ハーブさん女好きですもんね。なのに何で、クールさんと付き合ってんですか?」
「それは……なんつーかだなぁ……、やっぱり責任ってもんが……」
 どうやら本人もうまく説明できないようだが、クールとハーブが互いを想い合っているのは確かな事実だ。
 その割に何かと言えば揉め合ってうまく噛み合っていないニ人に、ティノとチェルシーは日々疑問を抱きつつも、当人達はそれでそれなりに満足しているようなので放っておいている次第である。
 とはいえ、クールが元の身体を取り戻さない限りは人間同士らしく触れ合うことは出来ないのも現状であり、それを奪回すべく日々身を粉にしてクールの身体を取り戻すため戦い続けるハーブであるが、その望みが叶うことは永遠にないような気さえするティノとチェルシーだった。
 
 
 その夜、宿屋の個室でベッドの上に寝転ぶハーブの耳元に、ミニサイズの姿でちょこんと座り込んで、クールがハーブの耳を引っ張った。
「いてっ! だから誤解だっつってんだろ!? ナンパなんかしてねーって!!」
「本当だな? 絶対だな?」
 まるっきり信用できないといった口調で、クールが言った。
 幼い頃から一緒に育っただけあって、ハーブのことは何もかも知り尽くしているクールである。彼の女好きもありあまる性欲もきっちり理解しているクールにとっては、こと女性に関しての彼の言い分だけはまるで信用ならなかった。
「信用しろって。俺が好きなのはおまえだけだ」
 優しく微笑みながらそう言うと、ハーブはクールの長い髪に人差し指を絡ませる。
「だから早く、頑張って身体取り戻そうぜ?」
「……」
 クールは応えないままに、いつものようにハーブの手の上で横たわった。
 そのまま二人は、静かに眠りに落ちていく。窓の外から差し込む月明かりが、寄り添う二人を包み込むように照らした。
 
 
 翌日、荒廃した城を探索したは良いが、やはりクールの身体は見つからなかった。
 ボロボロに疲れ果てたハーブが、まるで平常のクールを睨みつける。
「いいかげんにしろよっ! おまえ、ぜんっぜん身体取り戻す気ねぇだろ!?」
 いいかげん我慢の限界だというように、ハーブは怒りを露にして言い放った。
ルはあくまで無表情に、フイとハーブから顔を背ける。
「まあまあ、本当に忘れてるだけかもしれないし」
 このままでは大喧嘩に発展しかねない二人を宥めるため、チェルシーが間に入った。
「この人が忘れるとは思えないんだけど……」
「余計なこと言わないでいいから、ティノ」
 ぽつりと呟いたティノを、チェルシーが睨みつける。ティノは怯んだように口を閉ざした。
「なんとか言えよ、クール!!」
 ハーブがクールに詰め寄るが、クールはあくまで口を閉ざしたまま、ハーブから顔を背けるだけだ。やがてハーブが諦めたようにため息をついて、キッと強い眼差しをクールに向けた。
「だったらもう、知らねぇ。これ以上付き合ってられっか! もうおまえ一人で身体取り戻せ!!」
 完全にブチ切れた様子でそう言うと、ハーブはクールに背中を向け、さっさと歩き出した。
「ちょっとハーブさん!!」
 慌ててティノがハーブの後を追う。
 チェルシーが困ったように、その場に取り残されたクールを見つめた。
 
 
 怒りのオーラを身に纏いスタスタと早足で歩くハーブを追いかけながら、ティノが口を開いた。
「ハーブさん! 本当にクールさん置いていくつもりですか!?」
「当たり前だ!! もう付き合ってらんねぇ!!」
 怒り頂点のハーブに、ティノは苦笑する。
 確かにハーブが怒るのは当然だ。クールと早く抱き合いたくて身体を取り戻すために必死で戦って、さんざこき使われて、しかし肝心のクールは身体を取り戻す気などなく、ずっとあのままの姿で良いとすら思っているふしがある。
「でもあんな小さい身体なのに、こんな危険な場所で放っておいたらすぐに死んじゃいますよ!?」
「あいつが、んな簡単に死ぬかっ!!」
「それはそうですけど、でも、ちょっとでも油断したらあっという間にモンスターに踏まれちゃいますって!!」
 ティノの必死の説得に、ようやくハーブの足がピタリと止まった
ティノはホッと小さく息をつく。
「仕方ないじゃないですか。クールさんがああいう厄介な性格だって分かってて、好きになったんでしょう?」
「……分かったような口効くんじゃねぇ」
 低い声で放ったハーブの言葉に、ティノがピクッと眉を動かした。
「じゃあ、ハーブさんには分かってるって言うんですか?」
 ティノもまた、怒りを含んだ低い声をあげる咄嗟にハーブが振り返り、ティノを睨みつける。しかしティノも負けずに鋭い顔つきで睨み返した。
「そうやって分かったようなフリして、実は一番分かってないの、ハーブさんじゃないですか!!」
「なにぃ……?」
 ハーブが眉間にしわを寄せる。
「あんな小さい身体で、今一番不安なのはクールさんなんですよ!? なのにどうして、見捨てるなんて言うんですか!? だったら最初から地の果てまで付き合うなんて言わなきゃ良かったじゃないですか!!」 
 ティノの的確な言葉に、ハーブはやや怯んだように口を閉ざした。
「せっかくここまで来たんだから、みんなで頑張りましょうよ。俺、ちゃんと最後まで付き合いますから」
「……わーったよ、しゃーねーなぁ」
 少しの間の後、ハーブはポリポリと頭をかきながら、仕方ない風に言った。そして、顔を上げてニヤリと笑い、ティノの頭をポンと叩く。
「言うようになったじゃねーか、ティノ」
 ハーブに肩に腕を回され、ティノの顔が少し赤くなった。
 
 
「クール、追いかけよう? 僕の肩に乗って?」
 幻のままの姿のクールにむかって、チェルシーが優しく声をかけた。しかしクールは無言のままだ。チェルシーはフゥと小さく息をついた。
「じゃあどうするの? このまま一人で元の身体探す気?」
「……ここまで来たら、一人でも問題ない」
「やっぱり場所は知ってるんだ?」
 チェルシーに痛いところを突かれて、クールが黙り込む。
「本当は身体取り戻すの、怖いんだよね? 責任から解放されたら、ハーブが離れていきそうで」
「……」
「ほんとに素直じゃないなぁ。だったらそう言えばいいのに」
「……おまえに何が分かる」
「分かるよ。ちゃんと伝えないと、大事なもの失うことくらい」
 あくまで落ち着いたチェルシーの声。クールは黙り込んだ。
「大丈夫だよ、ハーブはちゃんと分かってくれる。だから一緒に行こう?」
 チェルシーが優しく囁いたその直後、クールの幻の姿が煙に包まれ、小さな姿に形を変えた。
 差し伸べられるチェルシーの手にクールが乗ると、チェルシーはにっこり微笑んで、手の平にクールの身体を乗せたまま立ち上がる。
「こんな小さい身体なんだから、意地張って一人で頑張ってないで、元の身体取り戻すまではみんなに守られてたらいいんだよ?」
 諭すようにチェルシーが言ったその時、前方からハーブとティノの姿が近づいてきて、二人は目を見張った。
 歩み寄ってきたハーブに、チェルシーが手の平に乗ったクールを差し出す。ハーブは少し照れ臭いように手を差し伸べ、その手にクールが乗り移った。
「ちゃんと話し合いなよ~」
 チェルシーはそう2人に告げると、ティノの背を押してその場を離れた。
 
 
 少しの沈黙の後、おずおずとハーブが口を開く。
「わ、悪かったな……不安にさせて」
「……好きだから、不安だったんだ」
 クールもまた、ハーブから視線は避けたまま、小さく言った。
「私を殺してこんな身体にした責任をとったら、おまえはまた離れて行ってしまうんじゃないかって……」
「クール……」
 ハーブの目が小さく見開かれた。そして、一瞬苦しげな顔をして、それから酷く真剣な表情でクールを見据えた。
「そんなわけあるか! 俺はおまえとずっと一緒にいる!! だから俺を信じろ!!」
 その真摯な言葉に、クールが顔をあげてハーブを見つめた。
「好きだよ、クール。俺は早く、本当のおまえを抱きしめたいんだ。だから……頑張って一緒に、身体取り戻そうぜ?」
優しい微笑み。
 クールはハーブの頬に手を差し伸べて、唇の端にそっと自分の唇を寄せた。もう言葉にしなくても、互いの想いは充分に通じ合っていた。
 
 
 そんなこんなで、ようやくラスト・ダンジョン。……一歩手前。
「よし、今度こそ身体取り戻すぞ!!! てめーら、行くぜ!!」
「はい!」
「オッケー!!!」
 今まさに最後のダンジョンに突入しようとしたその時だった。
「あら、あなた達もここ狙ってるの? 悪いけどお先に」
 胸の谷間と美脚をがっつり強調させた女剣士が四人の目の前を通り過ぎた。その美脚にしっかり視線を集中させたハーブの脳天に、次の瞬間、雷魔法が直撃し、ハーブの身体が黒焦げと化した。
「やっぱり信用できん! いくぞ、ティノ・チェルシー」
「はい……って、ハーブさんいなくて大丈夫なんですか!?」
「こんなダンジョンのラスボスなど、私の魔法で一撃だ」
「だったらいつものハーブさんの苦労は何なんですかっ!?」
「それは単に面白がってるだけだって、ティノ」
 さっさと奥へむかう三人の耳に、足音と共に声が響いてきた。
「クール、誤解だっ! っていうか俺だって健全な男なんだ~っ、仕方ねーだろ~っ!!!」
 あっという間に回復したらしいハーブが、三人の後を追いかけてきたのだった。
 
 
 そしていつもの戦闘体勢(※『ラスト・ダンジョン』参考)で、ラスボス攻略後。
「あれ……身体、どこにもないよ?」
「すまんハーブ、本気で忘れたようだ」
「なにぃぃぃぃ!!?? 俺の苦労はいったい何だったんだ~~~!!!!」
 ハーブの大絶叫がラスボスの間に響き渡った。
 
 
「なんか俺、本気で馬鹿馬鹿しくなってきたんだけど」
「まあいいんじゃない? 僕達、確実に強くなってるし。あの人達には一生やらせとけば」
 
 こんな感じで今日も明日も明後日も、四人の旅は続くのでありました。