wild life

 

 暑い。
 やけに、暑い。
 どうしてだろうと思ったら、それもそのはずで、目が覚めたら背後から光流の体ががっちりと絡みついていて、忍は眉間に皺を寄せてその体を押しのけた。
「んあ……?」
 間抜けな顔をしながら、光流が目を開く。
 そして忍の顔を見るなり、また絡み付いてきた。
「おはよー……」
 まだ寝ぼけ眼で、忍の腰に手を回して抱きしめる。
「暑い、どけ」
 時は七月半ば。エアコンがなければとてもではないが過ごせない。それでも極力、光熱費を削るために扇風機のみで過ごしている。忍は金に困る事はないが、光流は貧乏学生。光熱費は全て折半なので、結局忍が光流に合わせて節約しなければならなかった。
「今日、バイト休みだから」
「だから、何だ?」
「しよ?」
 そう言うなり、光流は忍の背を布団の上に押し付けて、許可も得ずに忍の唇を捕らえて塞いだ。
 薄く開いた瞳のまま、忍は光流の舌を受け入れる。
 柔らかい、内臓に喰らいついている時のような、恍惚感。肉食獣に近い野生の感覚。
 目を閉じてその感覚を貪っていると、やがて唇は離れて、耳元にゾクリとするような艶かしい感覚が走った。
 光流の熱い指先がそっと胸を伝い、やがて乳首を刺激する。ピクッと忍の体が小さく波打って、光流の腕を掴んだ。
「ん……っ」
 少しずつ乱れていく息を押し殺すように、忍は唇を噛み締めた。
 ダメだと言って、光流がまた唇にキスをする。少しばかり余裕がなくなって、忍はただされるがままに光流に身を任せた。
 慈しみを込めて触れてくる光流の指に、徐々に感覚が奪われていく。
 太股を撫でられて、少し足が震えた。けれど、疼いているところに早く触れて欲しくて、自ら足を開く。
 焦らすように、なかなか触れてはくれない指先。忍が言えないのを良いことに、明らかに楽しんで焦らしている光流の首筋に、忍は噛み付くようなキスをした。
「この前、跡残しただろ?」
 別にいいけど、と言いながら、光流は同じように忍の首筋に吸い付いて、ついた跡を軽く噛んだ。そのまま胸元まで唇を移動させて、既に硬くなっている乳首をやんわりと舐める。
「……っ……」
 どこまでも焦らされて、忍は目の前が滲むのを感じながら思った。
 なんだか今日は、いつもよりしつこい。
 昨夜も抱き合ったせいだろうか。きっと余裕がそうさせている。
 そこだけで達してしまいそうな快楽に、思わず逃げ腰になると、膝裏に手を当てられ足を開かされた。
「あ……っ」
 一番触れて欲しかった部分に、キスした時と同じ舌の艶かしい感覚を感じて、忍は小さく身を捩る。
 どんどん膨れ上がってゆく刺激に、目を閉じてどうにか意識を保とうとしても、頭の中は真っ白に染まってゆくばかりだ。
「ん……、あ……! あ!」
 押し寄せてくる、快楽の波。
 どうにでもしてくれと叫びたくなるような絶頂の嵐に襲われて、忍の身体が一際大きく揺れた。
 胸を上下にさせて息を乱す忍の放った精液を残らず飲み込んで、光流はそばに置いてあった潤滑油の入った容器に手を伸ばした。
 ぬるりとした液体を指に垂らし、快楽の余韻を残す忍の足を再び広げさせて、気遣いながら指を内部に挿入させる。咄嗟に閉じた忍の瞼に口付けながら、耳元で低く声を発した。
「昨夜もいっぱいイッたのに、まだ足りなかった?」
「う……るさい……っ」
 わざと羞恥心を煽られて、忍は頬を染めながら光流を睨みつける。けれど乱れる息は隠しようもなく、また堪えることも出来なかった。
 湿った音をたてて動く光流の指が徐々に増えて、より激しい刺激が、淫らな言葉を発しそうになる。堪えるのが精一杯のまま、忍は光流の肩を強く掴んだ。
「入れる? それともこのままイく?」
「そん……なの……聞く……な……っ」
「だってもっと、感じさせてやりてーじゃん?」
 光流はクスリと笑いながら指を引き抜くと、自分ももう余裕がなさそうなくらいに張り詰めている自身を忍の秘部にあてがい、ゆっくりと埋め込んでいく。
 中に押し入っている感覚に忍が耐えるように目を閉じていると、突然、奥深くまで一気に突きいれられた。
「んぅ……っ!」
 背筋を走り抜けるような快楽と共に、じんと頭の奥が痺れる。
「悪ぃ、やっぱ俺も限界」
 休む間もなく、奥まで突いては離れてゆく。激しく揺さぶられて、忍は指先の感覚を失った。指先だけではなく、足も、手も、舌の先まで、何もかも一つに溶け合って交じり合うような、真っ白な快楽にただ翻弄される。
「イ……く……っ」
「は……あぁ……、あ……っ!!」
 両手を胸の上で強く掴まれて、よりいっそう激しく揺さぶられる。
 熱い。
 ただ、熱い。
 きっとこれは、夏のせいだ。
 淫らに溺れる自分を認めたくなくて、交じり合う感覚だけに、ただ身を任せた。
 
 
 朝っぱらから何をしているのだろう。
 シャワーを浴びながら、忍は小さく息をついた。
 いくら大学が休みとはいえ、こんな堕落した休日を送って良いものかと思わずにはいられない。
 昨夜だって思い出すのも辛いくらいに抱き合ったのに、性欲は衰えるどころか勢いを増していて、人間とはこれほどまでに本能に忠実な生き物であるのかと実感させられる。
 探しに探しまくって風呂付のアパートを借りておいて良かったと、つくづく思う。
「あー……腹減った。何かない?」
 忍がシャツを一枚羽織っただけの姿でバスルームから出ると、光流はパンツ一丁のまま冷蔵庫を開けて食べ物を物色していた。けれど確か、冷蔵庫にあるのは卵と使いかけの野菜くらいで、飯もまだ炊いていない。
「買い物に行かないと、何もないぞ」
「このクソ暑い日に、外出たくねー」
「ならあるもんで我慢しろ」
「あるもんでって……」
 この材料で何を作れと言うのかとでも言いたげに、光流はがっくりと肩を落とした。
 そして忍に目を向けたかと思うと、いきなりその身体に飛びついて、畳の上に二人同時に転がった。
「な……にをする」
「あるもんで、我慢する」
 そう言って、光流の唇が忍の唇を塞ぐ。けれど忍はすぐに顔を横に逸らして、光流の唇から逃れた。
「いいかげんにしろ、まだする気か?」
「だってそんなエロい格好するから」
 忍のシャツの下から手を潜り込ませ、耳に舌を這わせてくる光流に、忍は迷惑そうな顔をしながら身体を捩るが、そう簡単に離してくれそうにはない。
「腹……減ってるんだろう……っ」
「だから、いただきます」
 どれだけ食えば気が済むのか言おうとしたけれど、食われるだけの自分が嫌になって、忍は口を閉ざした。
 逃れようとしても、背後からがっちり抑えつけられ、耳を舐められてゾクリと鳥肌がたつ。思わず抵抗を忘れると、腰を引き寄せられ、そのまま自身を握り込まれて上下に扱かれた。
「ふ……っ、ぁ……っ」
 畳の目が手の平に食い込むほどに力を込めても、寄せてくる快楽に翻弄されるばかりで、光流の腕の中から逃れられなくなる。
「忍って、バックのが好きだろ?」
「黙……れ……っ!」
「はいはい、黙ります~」
「あ……っ!」
 黙る代わりと言わんばかりに、内臓を突き上げられるような感覚と共に、頭を床に押し付けられた。
 上半身を倒すと、より一層深く光流を感じて、おかしくなりそうになる。欲望に喘いでいる顔を見られないで済むからと、余計に快楽を貪れるだけ、淫らに性に溺れるばかりだ。
「あ……! あっ!! あぁっ!!!」
 ガクガクと腰を揺さぶられる。そう簡単には達せないほど身体は快楽に慣れてしまって、もう苦痛なのか快楽なのか解らない感覚に、ひたすら目を閉じて耐えるより他はなく、膝が擦り切れて痛む感覚も交じり合って、もう本当に限界だと感じた。
 それでもなお、求めている。
 強く、激しく、もっと光流を感じたいと思っている。
 こめかみを流れる汗が畳の上にこぼれ落ちて染みを作るのを見つめながら、忍はただ懸命に呼吸だけを繰り返した。
 
 
 すっかり疲れ果てて、目が覚めたらもう夕方を回っていて。
 本当に、何をしているのだろうと、自分自身に激しく自己嫌悪しながら、隣に眠る光流の髪にそっと指を絡ませる。
「あ……れ、今、何時?」
 ぱちっと目を覚ました光流が、忍の首に手を回して抱き寄せながら尋ねた。
「六時回ってる」
 軽く唇同士を触れ合わせながら、忍が応える。
「うわ……いいかげん、なんか食わないと死ぬ」
「おまえ何か買ってこい」
「えー、どっか食いに行こうぜ」
「動けない」
「あー……悪ぃ悪ぃ。んじゃ、ひとっ走りしてくるわ」
 Tシャツに腕を通しジーンズを履きながら、光流は苦笑して言った。
「何がいい?」
「コンビニは嫌だ。牛丼も。あと、弁当屋も」
「つまり作れってことですか」
「それくらい、してくれてもいいだろう?」
「わーったよ、材料買ってきます!」
 光流がすっかり疲れた様子でノロノロと立ち上がる。
 でもたぶん、自分よりはずいぶんマシだろうと、忍は思った。
 
 結局、丸一日布団の上で過ごした今日。
 生まれてこの方、こんな堕落した日を、忍は送ったことがない。
 そして、堕落するばかりの時間が、こんなに甘い蜜を含むことも、今まで知らずにいた。
「好きだぜ、光流」
「いまさら、何だよ?」
「言ったら悪いか?」
「……嬉しい、けど」
 光流は顔を赤くして、それからそっと、忍の唇にキスをする。
「またしたくなるから、そういうこと言うなよ」
 絡んでくる、熱い舌。
 内臓を喰らうような、野性の感覚。
 欲望と、本能と、それから愛情にまみれた、堕落した一日。
 また、こんな日を過ごそう。
 そう思いながら、忍は重なってくる光流の手に自分の指を絡ませた。