楽園追放

 

 昼間の賑わしさが嘘のように、足音だけがやけに響き渡る廊下を歩く光流の足が、生徒会室の前でピタリと止まった。

 迷いもせず、その手が生徒会室の扉をガラリと開く。
「忍~っ、仕事終わった?」
 人懐こい笑顔を浮かべ、光流は明るい声を放った。
 椅子に座り机の上に広げていたプリントを整理していた忍が、静かに光流に顔を向ける。
「ああ、もうこんな時間だし、そろそろ帰るか」
 そう言って立ち上がった忍に、光流はほんの一瞬、忍ですら気づかない程度に眼光を鋭くし、閉めたドアの鍵を後ろ手でそっとかけた。そして忍に歩み寄り、いつものように無邪気にガバッと抱きつく。
「俺のこと待ってた?」
「待ってない」
 忍は無表情に応える。少しも感情を表さない、静かな声色。
「嘘ばっかり」
 相変わらず無邪気な声で、光流は忍の耳元にそう囁いた。
「……何をしている」
 表情を変えないまま、忍は少しばかりの怒りを含んだ口調で言った。
 いそいそと自分のネクタイで忍の両手首を縛る光流に、しかし反抗らしい反抗はいっさいしない。いつもの事だと諦めにも似た想いでいるのだろう。
「わかってるくせに」
 甘えるような光流の口調に、忍は小さく息をついた。
 そんな忍の肩を掴んで、光流は机の上に忍の背を押し付ける。やや苦しい体制を強いられ、忍の眉に一瞬苦痛の色が浮かんだ。
「忍、ちゅーは?」
 光流の掌が、そっと忍の頬を撫でる。
 しかしそんな言葉にあっさり応じるような忍ではない。思い切り光流から視線を逸らして顔を背ける忍に、光流はなおも微笑を絶やさないまま、顎を捉えて唇同士が触れる寸前まで顔を近づける。
「キスは? 忍」
 光流の長い睫がわずかに伏せられ、優しいけれど先ほどまでとは確実に違う声色に、忍は一瞬にして違和感を覚えた。
 それでもそう簡単に自分を明け渡したくはなく、なおも光流から視線を逸らす。
「帰るぞ、光流。ふざけるのはここまでだ」
 これは単にふざけているフリなのだと、忍は必死で自分に言い聞かせる。そうであって欲しかった。いや、そうでなければならないのだ。
 もし手首を縛られて身動きとれない状態でなければ、今すぐにでも光流の手を振り払って生徒会室から足を踏み出しているだろう。徐々に増してゆく恐怖感を、必死で誤魔化そうとした次の瞬間。
「俺の言う通り、ちゃんといい子で待ってたんだから、ご褒美あげるつもりだったんだけどなあ?」
 光流の瞳が、声色とはまるで裏腹に冷たい光を帯びていて、忍は言葉を失った。
 一瞬にして手の中ににじむ汗と、激しい動揺を、どうにか悟られまいと表情は変えないが、光流の眼を見ることができない。
「ほら、ちゃんと自分からキスして?」
 光流の指が、そっと忍のこめかみから頬、首筋へ伝う。
 あくまで優しいその口調が、上辺だけのものだということに、とうに忍は気づいている。気づいている忍に、光流もまた気づいている。だからゆっくりと時間をかけて追い詰める。崖っぷちで逃げる術もなく震える獲物に牙をむくために。そうすればするほど、後に得られる肉を貪る恍惚感は増してゆくのだから。
「光流、いいかげんに……」
 忍は顔を横に背け、なおもキスを拒む。
 もうギリギリまで追い詰められているのに、まだ逃げようとする自分の悪足掻きを解っていながらも、逃げようとせずにはいられない。目の前にいるのはどう足掻いても逃げ切れない肉食獣だ。それでも、逃げなければならないのだ。ただ食われるための獲物にならないために。誇りを失わないために。
「もう一度だけ言うよ? キスは? 忍」
 ゾクリとするような声が耳元で響いて、忍は限界を感じながらも、鋭い視線を光流に向けた。
「しないと言うのが分からないのか?」
 決して服従などしない。そう示すかのように、忍は挑戦的な目で光流を睨みつける。
 刹那、光流の口の端が笑みを浮かべたと同時に、その手が忍の髪の毛を思い切り掴み上げた。
「いいかげん……」
 光流は忍の髪を掴んだ手を、思い切り振り払う。
 ドサッと音をたて、忍の身体が床の上に投げ出された。間髪いれず、その脇腹を光流が右足で蹴りつけ、忍の表情が苦痛で歪んだ。
「素直になれよ? 人が優しく言ってるうちに」
「……く……っ」
 あばらが折れるような激痛の走る脇腹を更に踏みつけられ、忍は苦痛に目を閉じる。光流は冷たい視線を向けたまま腰を落とし、忍のタイを荒々しく解き奪い取り、カッターシャツのボタンを外していく。決して引き千切るまではしない余裕の手つきが、忍の恐怖心を更に煽った。
「光流……っ」
 やめろなんていう言葉が、今の光流に通用しないことを、忍はもうとうに知っている。それでも口をついて出そうになる懇願の言葉。
 露になった忍の素肌。光流の細い指先が、すぐさま胸の突起を摘んだ。
「やめ……ろ……っ」
 思わず反応した自分を否定するように、忍は鋭い眼差しを光流に向けた。
 しかし光流はまるで相手にもせず、クスリと笑みすら浮かべて、強く乳首を捻り上げる。小さく忍の身体が揺れた。
 右の乳首を指で弄びながら、もう一方の乳首に舌を這わせ、吸い上げる。忍がどれだけ屈辱を殺そうとしても、硬く反応するそこがただ哀れなまでに肉体的快楽を示し、儚い抵抗に更に嗜虐心があおられるばかりだ。抵抗など無駄などころか、欲情を煽るだけのものでしかないことを、まだ忍は分かっていないようだ。どうやって徹底的に知らしめてやろうか。そんな思考ばかりが光流の頭の中に駆け巡った。
「忍、痛いのと気持ち良いの、どっちがいい?」
 乳首をいじりながら、光流は忍の耳元で囁いた。
 当然、応えるはずがないことは知っている。
「気持ち良い方が好きなんだろ?」
「ち……がう……っ」
 予測通りの答え。まったく素直じゃない。光流は己の中の残虐性をひしひしと感じながら、更に忍を追い詰める。
「なら、痛い方にしようか?」
 そう言うと、光流は忍の腕を捕らえ引き寄せ、上半身を起こさせると、すぐそばにあった椅子の上にうつ伏せに押さえつけた。何をされるのかと、恐怖の色を浮かばせる忍の手首の戒めを解き、両手で椅子のパイプ部分を握らせ、片方を逃れられないようにまたネクタイで縛り上げた。
「光流、何を……っ」
「しっかり掴まってろよ」
 念を押すかのように、忍の両手をしっかりパイプに掴まらせると、光流は机の上に置かれていた忍の定規を右手に掴んだ。
「歯ぁ食いしばれ」
 忍が信じられないというように目を見張ったその瞬間、鈍い音と共に焼けるような激痛が背に走り、反射的にパイプを握る手に力が篭った。
 忍の白い背に、赤い筋がくっきりと浮かび上がる。光流はその筋を恍惚とした瞳で見下ろし、躊躇することなくもう一度定規を振り上げた。
「く……っ、ぁ……!!」
 次々に襲い来る激痛に、意識が遠ざかりそうになりながら、必死で歯を食いしばって耐え続ける。なぜここまでするのか、なぜこんなことをされなければならないのか、もはや考えている余裕もないほどに激しい痛みが全身を覆い、ただひたすらに痛みに耐えながら、強くパイプを握り締める。
 幾度目かの激痛の後、それまでの嵐が嘘のように音も痛みも形を無くした。
 全身を貫くような激しい痛みに、忍の額に汗がにじむ。しかし決して許しを請わない忍の強固な自尊心。光流は冷酷な瞳の色を変えず、忍の背に自分がつけた傷に、長い指先をそっと伝わせた。傷に触れられる痛みに、忍が苦痛の色を浮かべる。
 もう打ち据えるのは飽きたというように、光流は定規を床に投げ捨て、忍と同じように床に膝をつき、背後から忍の腰を抱き寄せた。
「みつ……る……」
どうしてこんなことを、と涙に濡れた忍の目が訴える。けれど光流は応えないままに、忍のズボンのベルトを引き抜き、下着ごとズボンを膝までずり下ろして下半身を露にした。
「気持ち良いことしてほしい? 忍」
 忍の性器を握り込み先端を指でこすりながら、相変わらず優しくはあるが冷たい声色で尋ねられ、忍は首を横に振った。
 もう何もしたくない。早くいつもの光流に戻って欲しい。こんな光流は見たくない。そんな忍の想いを蹴散らすように、光流はやんわりとした愛撫を止めない。ここまできても素直に快楽を欲せ無い忍に、どうしようもなく嗜虐心だけを煽られる。めちゃくちゃにしてやりたい。自分のことを狂ったように求める忍の姿が見たい。頑なな意地もプライドも、一滴も残らないほどに踏みにじってやりたい。
「して欲しいんだろ?」
「誰が……貴様なんかに……っ!!」
 死んでもおまえなんかに自分から請うものかと、忍の目が訴えている。
 ここまでされても頑なに自尊心を崩さない忍を前に、光流の目の色が更に残虐なものへ形を変えていく。
「ほんと素直じゃないなぁ、忍くんは」
 光流は低い声でそう言い放つと、床に放り出されていた忍のネクタイを掴み、それで忍の性器の根元を強く縛り上げた。
 自分の指をペロリと舐めると、その指の腹を先端に押し当てて緩やかにこすりあげる。滲んできた液を掬いあげ、包み込んだ手の平で上下にしごく。達したくても達せ無い苦痛に、忍が必死で耐えているのが見てとれる。けれどこれは当然の仕打ちだ。快楽が欲しいならば欲しいと言えばいい。正直に泣いて縋ってくるなら、快楽など嫌というほどくれてやる。
 頑なにそれを拒む忍に、更なる追い討ちをかけるように、光流はポケットにいれていた潤滑油を取り出し、口で器用に蓋を開けて自分の指に液を垂らすと、その指で忍の入り口をくすぐるように愛撫する。
「欲しい? 忍」
 耳元に囁くが、忍は応えない。おそらくもう限界にきているだろうに、どこまで意地を張るつもりか。
 少しくらいは譲歩してやるかと、光流は濡れた指をゆっくりと忍の内部に埋め込んでいく。
「ん……ぁ……っ」
「いい声出せるじゃねぇか。ほら、もっとおねだりしてみな?」
「や……嫌だ……っ」
 嫌だと言いながら、強くしめつけてくる肉。見せ付けるように、光流は指の本数を増やして、わざと濡れた音を大きく響かせる。
「嫌だ……! もう……やめてくれ…………っ」
 強く目を閉じる忍の目尻に涙が滲んでいる。
 光流の表情が歓喜に歪み、パイプに固定していた手首を解放してやる。ここまできたら、逃げることも適わないだろう。肩を掴んで床の上に仰向けに押し倒す。目の前に露になった忍の性器が耐え切れないように硬く張り詰めている。しかし根元を結んだタイはほどかないまま、光流は限界寸前のそこに舌を這わせた。
「あ……っ、んぅ……っ!!」
もはや苦痛か快楽かも分からず悶える忍の性器を口で愛撫しながら、足を開かせて指で奥の性感帯を刺激し続ける。
「や……光流……っ、もう……っ!」
「なに?」
「ほど……いて……っ」
 やっと出てきた忍の懇願に、光流は満足げに微笑んで、根元を縛っていたネクタイを解いた。しかし、刺激は与えない。
「イかせてほしいか?」
 長い睫を濡らした忍の瞳が、頼むからと光流に告げている。
「だったら足開いて、上手におねだりしてみろよ? ちゃんと出来たら、コレやるから」
 どこまでも冷酷な瞳に見下ろされ、忍は苦しげに息を乱し躊躇いながら足を開く。
「い……れて……っ」
 屈辱からか羞恥からか、忍の頬に涙が伝った。
「聞こえねぇよ」
 嘲笑うかのような光流の声。
「いれて……くれ……っ!」
 もはや意地もプライドもなかった。激しい羞恥心に苛まれながら、忍は自ら快楽をねだる。
「俺が欲しい?」
 光流はそんな忍の顎を捕らえ、涙に濡れた忍の瞳をじっと見据える。
「ほし……い……っ」
 屈辱を押し殺しながら、忍は口を開いた。言わなければ、光流はいつまでたっても欲しい刺激を与えてはくれない。
「キスは? 忍」
 耳元で低く囁かれ、忍は光流の首に腕を回し、自ら唇を重ねた。
 最初からこうしていれば良かったのだと深く後悔しながら、激しく舌を絡ませる。唾液が顎を伝い、応えてくる光流の舌がどうにかなりそうな快楽を忍にもたらす。達したくてたまらない自身がビクビクと震え、液を滲ませた。
「おら、こっちもだ」
 グイと後頭部を掴まれ、口の中に熱いものがねじ込まれる。
「ふ……ぁ、……ん……っ」
 忍は息苦しさに耐えながら、必死で光流のものに舌を這わせた。早くこれが欲しいと言わんばかりに自分のものを貪る忍の痴態を、光流は興奮を抑えきれない瞳で見下ろす。涙で潤んだ忍の目が哀願するかのように光流を見上げたその時、光流は忍の口から自分のものを引き抜いた。
 そうして忍の膝裏に手を当て、大きく足を開かせる。
 唾液に濡れた自身を押し当て、一気に中に突き立てた刹那。
「っぁ……っ!!」
 ビクンと大きく忍の身体が震えて、忍の自身が白い液体を放った。
 とうに限界だったそこは、入れただけで絶頂を迎えてしまったらしい。光流はクスリと笑みを浮かべた。
「そんなに欲しかったんだ? この淫乱」
「ちが……っ」
 忍は羞恥に耐え切れないように、強く目を閉じて光流から顔を逸らせた。
 けれど放った液は光流の言葉を顕著に表していて、もはや言い逃れなど出来ない自分の痴態ぶりに、涙を隠せない。もうこれ以上の辱めには耐えられない。今すぐ舌を噛み切りたいほどの屈辱を覚えながら唇を噛み締めていると、光流の指がそっと忍の頬を優しく撫でた。
「いくらでもやるよ。おまえが望むなら」
 そう言ったと同時に、奥深くまで貫かれる。
「あ……、あ……あぁ……っ!!!」
 膝が胸につくほど折り曲げられ、激しく何度も奥深くまで侵入しては引き戻される。
 達したばかりなのに、またすぐに絶頂の波に襲われ、忍は光流の背に爪を立てた。
 もっと激しく突いて欲しい。光流を深く感じたい。
 もっと、もっと。
 叫びたくなるほどの快楽の嵐。
「あ……っぁ……! …もっ……と……!!」
 焦点の合わない瞳。完全に快楽に呑み込まれた忍が、自ら腰を動かして光流を激しく求める。
 光流は噛み付くように、忍の首筋にキスをする。濡れた舌が顎を伝い、忍の唇を覆った。激しく絡み合う舌と舌。
 唇ごと、光流は忍の体をただひたすらに貪り続けた。
 

 
 マットの上にうつぶせに横たわる忍の赤く腫れた手首に、光流はそっと口付けた。
 白い背に、いくつも残る、自分のつけた傷痕。後悔などしていない。永遠に、この傷痕が消えなければ良いのにとさえ思う。
「愛してるよ、忍。おまえは俺のものだよな?」
 覆いかぶさるように忍の肩を掴み抱きしめ、耳元で、光流は静かな声で囁く。
 忍は応えない。
 それこそが服従の証だと、光流は恍惚とした瞳で、背の傷痕に唇を寄せた。痛みに、小さく忍の身体が震える。
「俺のものだよ、忍……」
 静寂ばかりが辺りを包み込む。
 ゆっくりと、忍が瞼を閉じた。
 暗闇の中、光流の体温だけが、ただ熱い。
 このまま永久に、二人だけで生きていければ、他には何も要らない。
 
 たとえ、神に背をそむけても。