Only one love


「光流……」
「んー??」
「たまにはまともに出来ないのか?」
 シャツのボタンを全て外され、露になった自分の胸に指を滑らせる光流に、忍は疲れたように言った。
「えー、でも俺、縛った方が興奮するんだもん。そんなキツくしてないから痛くないだろ?」
 少しも悪びれない様子でそう言うと、光流は構わず行為を続ける。
 ネクタイでがっちり縛られた両手首を、忍は諦めたようにみぞおちの辺りに降ろした。確かにさほど痛みはないけれども、屈辱的な行為には違いないのに、何だかもうすっかり慣れてしまっている。
 何がきっかけだったのか、いつからか己のサディスティックな部分に目覚めてしまった光流だが、最初は無茶をするたび謝り倒していたものの、忍が最終的には必ず許してくれる事を知ると、徐々にその手の行為は当たり前のようになっていった。毎回ではないにしろ、やたらと拘束したがる光流に抵抗すればするほど行為はエスカレートしていくだけという事実を、既に忍は思い知っている。だがしかし、それにしても、いい加減にしろ、と思わずにはいられない。
「それにおまえ、縛った方が感度良いし?」
「ふざ……けるな……っ!」
 わざと煽る光流に、忍は鋭い目を向けるが、耳に舌を這わされて身体が震える。
 誰がこんな行為に快楽など……と思いながらも、完全に否定できない自分がいることも、もう自覚はあった。
「愛してるよ、忍」
 低い声で囁きながら、少し乱暴に、そして執拗に愛撫してくる光流の手。
 こんな風に光流に縛られて、いいように嬲られて、愛の言葉を囁かれる。酷い行為のはずなのに、どんな時よりも求められていると感じるその感覚は、屈辱的でありながら酷く心地好くて、嫌だと叫びながらもっと求めて欲しいとねだる自分は、あまりに浅ましくて淫乱だ。
「……ぁ……っ」
 どんな抵抗も許さず、身動きとれない忍を自分の好きなように愛撫する光流は、まるで飢えている肉食獣そのものだ。額に汗の滲む忍の自身を口に含み、舌を這わせながら時折軽く噛む。痛みと快楽が入り混じったその感覚に、忍はただ声を押し殺すことが精一杯だ。
 やがて訪れる絶頂。体が弓なりに反って、忍は限界に達した。
「ほら、いつもより早いじゃん?」
 忍の前髪をそっと掻き分けながら、からかうようにそんな言葉を発する光流を、忍は乱れた呼吸のまま睨みつける事もままならない。
「これ、外せよ」
 どうにか余韻を通り越して体を起こすが、縛られた腕のままでは思うように動けず、手首を差し出して光流に訴えるが、「だめ」とあっさり却下された。
「そのままでも出来るだろ?」
 光流はカチャカチャと音をたてながら、自分のズボンのベルトを外しチャックを下ろして、既に高ぶっている自身を露にする。
 床に座る光流のそれを愛撫するには、かなり無理な姿勢をとらなければならないが、仕方なかった。縛られた手を床につき、光流のものを口に含む。更に膨張するそれは、光流の快楽を象徴している。
 苦しい体制のまま舌を這わせていると、ふと光流の手が忍の下半身に伸びて、いつの間にか潤滑油で塗らされていた指が忍の中にゆっくり押し入る。
「や……め……っ」
 思わず顔を上げた途端に空いた方の手で頭を強引に押さえつけられ、口元に光流のものが押し付けられる。
「お口が留守ですよー」
 半ば無理矢理に口内に突き刺された光流自身が喉の奥を突いてきて、忍は苦痛に顔を歪めた。唾液が顎を伝わり、必死で舌を這わせている間に、内部を指で刺激される。
 濡れた音が室内に響き渡り、光流への愛撫に集中できないでいると、いきなり口の中の異物を引き抜かれた。しかし内部に侵入している指はそのままで、尻を突き上げた屈辱的な体制のまま、中を掻き回される。
「あ……ぁぁ……っ」
 体を起こそうにも、縛らているからどうにもならない。
 何もかもが露見される激しい羞恥心と屈辱に苛まれる。
「そろそろ欲しいか?」
 一刻も早く解放してほしくて、忍は涙に濡れた瞳で頷いた。
 光流の手が腰に回り、力が入ったと同時に、指よりもずっと太いものが一気に奥まで押し入ってくる。内臓をえぐられるようなその感覚に、忍の表情に苦痛の色が滲んだ。
「ん……ぅ……っ」
 奥深くまで何度も突き入れられて、いつもよりずっと光流を深く感じる。
「く……っ」
 同じように、確かに快楽を感じている光流の声。
 より激しく求められて、気が遠くなりそうな快楽を感じながら、忍は思う。
 今この時だけでも、光流を自分のものに出来るなら、例えどんな苦痛でも自分は受け入れるだろうと。
 だから、求めてくれ。もっと激しく、強く。
 他には何も、いらないから。
「みつ……る……っ」
 束縛される心地好さと、物のように扱われる残酷さと、求められる甘い誘惑が、忍の心も身体も切り刻む。
 貪るようなキスと滴り落ちる汗だけが、今、忍の意識をかろうじて繋いでいた。
 
 
 酷い倦怠感を覚えながら、忍は学校までの道のりを歩く。
「光流先輩っ、また俺の靴に画鋲入れましたね?!」
「アホ、俺がんなセコい真似するかよ」
「前にしたから言ってるんです!!」
「あれは俺の靴に入ってたから回しただけだ」
「なんで俺に回すんですかっ!!」
 昨夜の顔なんて嘘みたいに、光流は無邪気に後輩と戯れながら笑っている。子供みたいにはしゃぐその姿は、昨夜とは別人だけれど、やっぱり同じ光流だ。
「忍―、俺、今日春日先輩と約束してっから帰るの遅くなるわ」
 学校に着いてそれぞれの教室に別れる廊下で、光流は忍にそう言い残して駆けて行った。
いつもたくさんの友人に囲まれ、三年の先輩からも可愛がられる光流は、寮に帰るまで一緒にいることはあまりない。たまに犬っころみたいに生徒会の仕事が終わる忍を待っている時もあるが、余程暇な時か自分が気が向いた時だけだ。
 とはいえそれに関しては一向に気にしていない忍である。むしろ光流が楽しそうにしている姿を見るのは好きだし、日常では互いに素っ気無いくらいの方が適度に距離を保てて良い。
 そもそも光流は、束縛されることを嫌っている傾向がある。重い、と感じることを何より恐れていることも、忍は感じていた。だから一切束縛はしないし、光流の行動にいちいち感情を振り回されないように心がけている部分もある。
 けれど……。
(春日先輩……か)
 近頃、光流がよく行動を共にしている、3年生の春日洋一の姿を思い起こし、忍はわずかに眉をひそめた。
 彼に関して、何か引っかかるものが忍の中にあった。
 直感が鋭い忍には、それが良くないものだということもはっきり感じている。
 だが、まだ確信は持てない。
(しばらく様子を見るか……)
 忍はいつもの冷静沈着な瞳で光流の後姿を見送り、踵を返して自分の教室にむかった。
 
 
「え? 今日、春日先輩と何してたかって?」
 互いに机に向かって明日の課題をしている途中、忍の投げかけた質問に、光流はきょとんと目を見開いた。
「手芸部で編み物教えてもらってた」
 やたらと気の抜ける答えが光流から返ってくるが、忍は特に表情を変えない。
 春日洋一が手芸部ということは既にリサーチ済みだ。まあそんなところだろうと予測はしていた。
「でも俺、あーいう細かい作業むいてないわ。でも春日先輩、俺が1目編む間にコースター完成させてたんだぜ? 凄くね?」
「編み物くらい俺にも出来るぞ」
「そりゃおまえは何でも出来るだろーよ」
 光流は目を据わらせて言う。
「おまえ、編み物なんか興味ないんだろ? なのに何で手芸部なんか……」
「別にー、誘われるから行ってるだけだぜ。春日先輩には普段から世話んなってるし。でもそれがどうかしたのか?」
 尋ねられるが、忍は黙ったまま深刻な目で前方を見つめるだけだ。
「なに? もしかしてヤキモチとか?」
 そんな忍の肩に手をかけ、光流はどこか嬉しそうに言う。
 が、忍の表情は依然として変わらないままだった。
「馬鹿言ってないで点呼に行け。もうこんな時間だぞ」
「……ちょっとは妬いてくれてもいいんじゃねぇ?」
 あまりに素っ気無い忍の態度に、光流が拗ねた口調で口をとがらせる。
「おまえ、ああいうのがタイプなのか?」
「んなわけねーだろっ!!」
 噛み付くように言って、光流は点呼表を手にすると部屋を出て行った。
 当然ながら、忍はやきもちなんて微塵も妬いていない。だいたい春日洋一という男は、外見的にはちょっとガタイの良いだけのごく普通の容姿だし、逞しい外観の割に乙女チックな手芸好きで、極めて気は弱い善良なだけが長所といった類の人間だ。
 そういう善人だからこそ、光流は一ミリたりとも警戒することなく懐いていくが、ああいったタイプは純真すぎる余り、思いつめると妙な方向に暴走しかねない危険な人物でもあるのだ。
 何度か光流と一緒にいるのを目撃した時の、彼の光流を見る情熱的な瞳に、忍はとうに気づいていた。
 いや、気づかない光流の方が鈍すぎるくらいなのだ。
 だがハッキリ忠告してやるのは、春日を信頼しきっている光流にはあまりに酷な事実だろうと思い、忍は今しばらく黙って見守るより他はなかった。
 嫌な予感を、胸に抱きつつ。
 
 
「光流、今日も時間空いてたら、うちの部に来ないか? 帰りに牛丼奢るぞ」
「えっ、まじまじー?! 絶対行きまーすっ!! あ、忍も一緒に行ってみるか? 手芸部」
 光流が無邪気にそう言った瞬間、春日の目が険しくなるのを忍は見逃さなかった。
「いや、俺は生徒会の仕事がある」
 断った途端に、今度は安心したような顔つきになる。
 全く分かりやすい男だ、と忍は思った。
「あ、そー。んじゃ俺、また帰り遅くなっから」
 そう言うと、光流は餌付けされてる犬みたいに春日の後にくっついていく。春日はそんな光流を酷く優しい目で見つめながら、人当たりの良い笑顔を向ける。
 忍は小さくため息をついた。
 餌がもらえれば誰にでも懐いていく光流は、ただただ無防備としか言いようがない。かといって、春日がそういう目で自分を見ていると光流が知ったら……。
 ショックを受ける光流の顔を想像し、忍の表情が曇った。
 そんな顔は、見たくない。
 それならば、自分が春日に忠告するより他はない。
 恨まれることにも憎まれていることにも慣れている。
 彼自身は善良な人間だから弱みを掴むことは難しいが、同じ手芸部員を盾にとれば……。
 問題は、光流にバレないようにどう事を運ぶかだが、穏便に事を済ませるにはやや遅かったことに、まだ忍は気づいていなかった。
 
 
 その日、遅くまで生徒会の仕事をしていた忍は、人の残っていない校舎の廊下を歩いている最中に、何かが崩れるような音を耳にして振り返った。
 音のした方向の教室を見ると、そこは手芸部の部室だった。
 何かとてつもなく嫌な予感を覚え、気配を消して部室に忍び寄る。そっと窓の隙間から覗きこむと、そこには予測した通りの光景が繰り広げられていた。
 光流を抱きすくめ、唇を重ねる春日の姿。
 しかし忍はすぐには動かず、気配を消したままその様子を見つめた。
「せんぱ……っ」
「好きなんだ……光流! おまえが好きなんだ!!」
 抱きしめられる光流は椅子に座って両手を後ろ手に拘束されているので、逃げる事が出来ない状態だ。
 だが光流が春日ごときに黙って拘束などされるはずがない。おそらくいつもの冗談混じりの遊びだろうと光流は思っていたのだろうが、だとすると春日のやり方はあまりに姑息だ。
「わかっ……分かったから落ち着いてください!!」
「どうしようもないんだ!! 分かってくれ光流!!」
「人の話を聞けーっ!!」
 思いっきり一人で先走る春日に、光流は意外に落ち着いた様子だが、襲われている方より襲っている方がてんぱっている状況というのも珍しいかもしれない。
 再度唇を重ねられ苦しそうに顔を歪める光流に、春日は構わず行為を続ける。
 しかし光流なら、例え手を拘束されても足の自由が利くならどうとでもなりそうだが、抵抗らしい抵抗はほとんどしていない様子。……などと冷静に観察している場合でもないなと思い、忍は手芸部のドアに手をかけた。
 ガラガラと音をたてて開いたドアに、春日も光流もハッと驚いた顔を忍に向ける。
「忍……!!」
「いい格好だな、光流」
 戸惑いながらもどこか嬉しそうな顔をする光流に、忍はいつもの冷静な目を向け、変わらないトーンの声で言い
放った。
「手塚……見ていたのか?!」
 光流とは対照的に、春日は絶望的な表情をして忍を見据える。
「見て見ぬフリをしようかと思ったんですが、さすがにルームメイトが男に無理矢理手篭めにされるのは、気分が良いものではありませんから」
 にっこり微笑みながら、しかしたっぷり威圧感を含んだ目を春日に向け、忍は言った。
「もちろんお二人が同意の上なら、続けて下さっても結構ですが」
「この状況のどこが同意だっ!! つかおまえ、面白がってるだろ!?」
 縛られて身動きとれない状態のまま、光流が早く助けろと言わんばかりに声を張り上げる。しかし忍はそんな光流に一瞥をくれただけで、またすぐに春日に視線を向けた。
「こんな事が公になったら、どうなるかお分かりでしょう?」
「か、構わない!! 俺は退学になろうが何だろうが……元よりその覚悟だ!!」
 春日は真摯な目をして、そう応えた。
 それは彼の真剣な光流への一途な想いを切なまでに示している。
「言いふらすなら言いふらせばいい。俺は何も間違ったことなんて……」
「強姦は間違っていないとでも?」
 忍は容赦ない口調で春日を追い詰める。
「そ……それは……っ、でも……っ、こうでもしなきゃ……っ」
 春日の肩がブルブルと震える。拳は強く握られていて、額に汗が滲む。
 苦しげなその表情は、限界まで追い詰められた人間そのものだ。おそらくは悩みに悩んだ末の行為だろうが、それにしても浅はかすぎる、と忍は思わずにいられなかった。
「好き……なんだ。どうしようもなく好きなんだよ!! だから……っ」
「先輩……」
 今にも泣き出しそうな春日を、光流は悲しげな瞳で見つめている。
「好きなら何をしても構わないと言うんですね。僕にはあなたが自己中心的で傲慢な人間にしか見えませんが」
 忍の突き刺すような言葉に、春日は言葉を失い、俯きながらただ震える。
「忍……もう、やめろ……」
 不意に光流が口を開いた。
 まっすぐに、真剣な目で忍を見つめる。こんな状況でも、春日を庇うつもりらしい。光流らしいが、お人好しと言えばそれまでだ。
「先輩……俺……俺も、先輩の気持ち分かりますよ」
 忍が口を閉ざすと、光流は春日に優しい視線を向けて言った。
「俺にも、無理矢理でもヤッちまいたいくらい、好きな奴、いるから。だから……先輩の気持ちには応えられません」
 まっすぐで澄んだ光流の目を、春日は苦しげに見つめると、視線を反らして苦しげに口を開いた。
「……すまなかった。もう、おまえには近づかない」
 震える声でそう言うと、春日は二人に悲しみばかりを宿した背を向け、部室を後にした。


 静寂が包む教室の中、忍は足音もたてずに静かに光流に歩み寄る。
「ロクに抵抗もしないで、ヤられるつもりだったのか?」
「見てたんならさっさと助けろよ」
 小さく息をついて、光流はやや怒ったような低い声で言った。
「下手に口出ししても暴走するだけだ、あのタイプは」
 忍が変わらない口調でそう言って、光流の手を拘束していたネクタイに手をかけたその瞬間。
「おまえのそういう計算高いトコ、うんざり」
 更にトーンの低い声で発した光流の言葉に、忍はネクタイをほどこうとした手をピタリと止めた。
「俺を好きだっていう気持ちの強さなら、春日先輩の方がずっと上かもな」
「どういう意味だ?」
 まるで挑発してくるかのような言葉の数々に、忍は鋭い視線を光流に向ける。
「違うのかよ? ならおまえが春日先輩以上に、俺を好きだとでも?」
 光流は少しも怯まない、強い眼光を帯びた瞳で忍を見つめる。
 忍はわずかに眉をひそめ、次の瞬間、光流の胸倉を捕らえた。そのまま乱暴に引き寄せ、荒々しくその唇を自分の唇で塞ぐ。
 バカにするのもいい加減にしろ、と思った。春日なんかよりもずっと、ずっと深く光流を求めているのは自分だ。春日と比べ物にされること事態、許せない。
「そうやって……たまには本気、出してみろよ」
 息苦しくなるような口付けの後、しかし光流は怯むどころか、むしろ挑発的に声を発する。
「俺が、欲しいんだろ?」
 鋭さを宿した瞳。
 拘束されたままで、どんな屈辱的な姿でも、光流は高圧的な言い方を崩さない。
 今なら、光流を手に入れることは容易だ。けれどそれは本当に、自分の望んでいることなのだろうか。忍は再び唇を重ね合わせながら、もうそんなことを思っている時点で、負けているのかもしれないと思った。
 いつもより自虐的になっている光流は、春日の想いによって明らかに傷ついている。そんな傷につけこんでも、意味のない事だ。無理矢理抱いて自分のものにしたって、今この時だけのものでしかないと、知っている。
 それでも……光流がそれを望むなら。
 今だけでも、全てを奪えるなら。
「いつだって……本気だ、俺は」
「嘘……つけ……っ」
 光流の首筋に口付けながら、シャツをはだけた胸にそっと手を滑らす。
 嘘なんかじゃないことを、証明してみせる。少なくとも、今だけは対等に近い形でありたい。
 本当はもう、何もかも叶うはずがないと、知っているのだけど。
「……っ……」
 忍が床に膝をついて、露にした光流の中心に舌を這わす。ビクリと光流の身体が震える。
 時間をかけて丁寧に愛撫すると、こらえきれないように光流が声をあげた。
「早……く……っ」
「たまには縛られる側の気分も味わってみたらどうだ?」
「だから今……味わってんだろーが……っ」
「どんな気分だ?」
「ちょっと……コーフンするかも」
 限界まで追い詰められても、どこか楽しそうに笑う光流は、確かに積極的に快楽を感じている様子だ。
 好きなように弄ばれても屈辱すら感じない、そのプライドの無さにある意味感心してしまう忍だが、やっぱり容易にイかせるのは面白くない。可虐心が膨れ上がり、忍はじれったいばかりにやんわりと光流の自身に舌を這わせる。
「あ……っ……も……早く……てば……っ」
「絶対、イかせない」
「てめっ……日頃の倍返しかぁ!?」
「当たり前だ。俺の執念深さは知ってるだろ?」
 既に液が滲む先端を指でこすりながら、忍は意地悪く微笑む。
 押し寄せてくる快楽も度が過ぎれば苦痛なだけだ。光流が苦し気に眉をしかめる。
「も……悪かったってば……!! もぉしないから……っ」
 かなり限界がきているようだ。光流の目に涙が滲む。
 それでもなお舌で焦らしまくる忍の愛撫に、光流は足をバタつかせて懇願した。
「忍ぅぅぅっ!!  もーやだっ、お願いだから……っ」
 本気の本気で限界らしい。まるで駄々っ子みたいに、素直に感情を露にする光流だが。
「うるさい。ちょっと黙ってろ」
 まるで雰囲気台無しの大声に、忍は苛立ちを隠せない。しかし光流はもはや限界で泣き出す一歩手前だ。
「ごめんなさいってば!! もうダメ!! 無理~っ!!!」
 更に大声を張り上げる光流に、いいかげんうんざりして、忍は仕方なく強い刺激を与える。光流は呆気なく限界に達した。
「忍くんの意地悪……」
 息を乱しながら、光流は涙を溜めた大きな瞳を忍に向けた。
「甘ったれるな、本番はこれからだぞ?」
「や、優しくしてね……?」
 一応抵抗するつもりはないらしいので、光流の手首を縛っていたネクタイを外してやると、安心したように光流が息をつく。が、忍はすぐさま光流の両手首を、見事なまでに素早い華麗な動きで前手に縛り上げた。
「ここまできて逃げたりしないってっ」
「信用できない」
 忍はキッパリそう言い切ると、光流の身体を床の上に押し倒す。
「ほ、本気でするの?」
「人をここまで挑発しておいて、タダで済むと思ってないだろう?」
 怒りを含めた口調で忍が言うと、光流はうるっと目に涙を滲ませた。
「だって、だっておまえがあんな事言うから……っ」
「あんな事?」
 忍の目が見開かれる。
「……どーせ俺は、自己中心的で傲慢だよ……っ」
 それは先ほど、春日に向けて忍が言った言葉だったが、どうやら光流は自分自身に深く当てはまって傷ついたらしい。
 なるほど、それで自虐的になってまで、たまには好きにさせてくれようというのか。そう思ったら、なんだか少し可笑しくなってきて、同時に光流の事が愛しくてたまらなくなった。
「そういうおまえが好きだよ」
 優しく耳元で囁くと、光流の顔が途端に真っ赤になる。
「な……んで、こーいう時に急に素直になるのかな、おまえは」
 おかげで逃げるに逃げらくなる、とでも言いたげに、光流は小さくため息をついた。
「もー……好きにして」
「言われなくても」
 ニコニコと微笑みながら、忍は優しく光流の唇に口付けると、二度目の昂ぶりを見せている中心を指でなぞる。
 少し投げやりになっていても、傷ついて弱々しくなっている素直な光流は、普段の光流そのもので、大切に大切に守りたくなる。
 明るい色の柔らかい髪の毛に指を絡ませ、長い睫にそっとキスをすると、光流はくすぐったそうに肩を震わせた。
「痛いの……イヤだからな」
「大丈夫、おまえと違ってテクがあるからな」
「悪かったなっ」
 膨れっ面も可愛くて、思わず微笑んだ忍に、光流は少し照れ臭そうだ。
 ゆっくりと胸から下半身に舌を這わせ、最も熱くなっている部分に口付ける。気持ちが昂ぶるまで充分にそこを刺激してから、足を開かせて秘部にそっと口付けると、光流の身体が小さく震えた。しかし構わず、まだ堅いその部分に舌を這わす。
「や……っ、やっぱり怖い……っ」
 光流は身体をずらして逃げようとするが、忍は抵抗を許さないように開いた足を押さえつけ、さらに深くまで舌を這わせた。
「あ……や……っ、忍、もぉ……やめ……っ」
 どこまでも丁寧で優しい忍の愛撫に、光流は返って苦痛だというように目を潤ませる。
 いっそのこと酷くした方が、光流にとっては望む方法なのかもしれない。けれど忍は、そんな事は光流にはしたくなかった。苦痛なんて光流には欠片も似合わない、今はただ快楽だけを感じて欲しい。
 だいぶ柔らかく湿った秘部に、ゆっくりと指を挿入すると、わずかに抵抗しながらも受け入れていくそこは、熱くて柔らかい。痛みを極力感じないように、同時に光流自身に舌を這わせると、光流の身体が弓なりに反る。激しく感じている証だ。
「ん……んぅ……っ、やだ……変に……なる……っ」
 達しないように充分に気を配りながら、徐々に指の本数を増やして、ゆっくりと自身を受け入れやすいようにほぐしていく。奥の一部を刺激すると、光流の身体に力が入る。どうやらそこが感じる部分のようだ。
「光流、ここ、いいだろ?」
「あ……ん……っ、いい……っ!!」
「気持ちいい?」
「や……っ、もっと……っ」
 指を引き抜くと、ねだるように光流が忍の唇を求める。
「力、抜けよ」
 充分に受け入れやすくなったそこに自身を押し当てると、ゆっくりと光流の中に押し入る。
 柔らかい肉の感触。熱い体温が、忍の額に汗を滲ませた。
「……んぅ……っ」
 しかしさすがにキツいのか、光流の表情がわずかに苦痛に歪む。
「痛いか?」
「平……気……だから……っ」
「無理するな」
「いい……から、動けよ……っ!」
 光流は遠慮なんかするなと、じれったそうに声を上げる。
 それならと、忍はゆっくり腰を動かし始める。突き上げるたび、光流の内部が強く締め付けてくる。絡み付いてくる肉の感覚に、忍はもう止めることなんて出来ない自分を感じていた。
「し……のぶ……っ、前……触って……っ」
 いつの間にか余裕の無くなっていた忍に、光流は躊躇なく快楽をねだる。
 快楽に忠実な光流は、淫らというよりは可愛くて愛しくて、忍は言われるままに光流の中心を握り締めて上下に扱く。
「も……ダメ……っ!!」
 激しく揺さぶりながら、光流が達するその瞬間、唇を重ね舌を絡ませる。
 熱いキスの感覚に翻弄されながら、忍もほぼ同時に、光流の中で限界を感じた。
 
 
「腕痛い~、あそこも痛い~」
 涙目でブツブツと文句を言いながらシャツのボタンを止める光流に、忍は「その程度で」と容赦なく冷たく背を向ける。
「動けない。おんぶして」
「甘ったれてないでさっさと立て」
「さっきはあんなに優しかったのに……。終わった途端冷たくなるなんて酷いわっ。やっぱり身体目当てだったのね?!」
 ふざけたまま一向に立ち上がろうとしない光流に、忍は仕方なく振り返り歩み寄ると、すぐそばに腰を下ろした。すると光流は忍の肩に寄りかかって、甘えるように頬を肩になすりつけた。
 ふわふわの髪が頬にかかり、忍は少しくすぐったい思いで黙って寄りかからせる。
「俺の中、気持ちよかった?」
 からかうように光流が言った。
「おまえ、声出しすぎ」
 呆れた声。
「いーじゃん、気持ち良かったんだもん。おまえも素直に感じりゃいーんだよ」
 そこに男としてのプライドはないのか、と忍は問いたくなったが、すぐにそんなことは愚問だと思った。光流の前ではそれこそ自分のプライドの方が、小さいものだと分かっている。結局自分は、つまらない事で意地を張ってるだけに過ぎないのだ。大切な時にこそ自尊心を発揮できる光流には叶わない。そこまで分かっていながら、なおつまらないものを捨てることの出来ない自分には。
「忍……好きだよ」
 抑揚の無い声。
 やはりまだ、心の傷は癒えていない。
 当分は悩み続けるのだろうな、と忍は思う。
「いい人だったんだ……本当に」
 知っている。
 光流がどれだけ春日のことを大切に想って、信頼していたか。
 言ってやれば良かったのかもしれない。
 軽い後悔を胸に抱きながら、光流の頭にコツンと小さく音をたてて、忍の額が当たった。
「仕方ない……だろ」
 何も光流が罪悪感を感じる必要も、悲しむ必要も、どこにもない。
 けれどやはり、胸は痛むのだ。
 なぜ人は、一人しか愛せないのだろう。
 こんなに大勢の人がいて、なぜ求める人は一人きりなのだろう。
 自分が光流しか愛せないように、春日もまた光流しか愛せなくて、そして光流は……。
「だったら不安にさせないでよ」
 不意に拗ねたような口調になる光流は、やっぱり拗ねた様子で口をとがらせている。しかし忍はその言葉を無視していきなり立ち上がる。不意をつかれた光流がガクッと床に倒れこんだ。構わず忍は部室を出るために歩き出す。
「忍っ、聞け人の話をっ!!」
 ぎゃあぎゃあ喚く光流をあくまで無視して、忍はスタスタと廊下を歩いていく。
 つくづくバカな奴、と思わずにいられない。
 不安なら、いつだって、光流よりずっと深く感じているのは忍の方だ。
 本当は、束縛されるのなんか嫌いなくせに。
 求められれば求められるほど、逃げていくだけのくせに。
 そんな光流に、いつか捨てられるのかって情けなく震えているだけの自分は決して見せたくないから、忍は決して振り返らない。
 きっと自分が優位に立てることなんて一生ないのだろうと思いながら、後を追いかけてくる酷く心地好い足音に、忍はそっと耳を傾けた。