ceremony<光流編>


 眠い……。
 このところ、睡眠時間三時間にも満たない日がずっと続いている。
 というのも、全て仕事、仕事の多忙な毎日のため。
 所轄の少年課で働く身の俺だが、このところ、捜査課からの依頼により事件を起こした容疑者の張り込み捜査に必死で追われる日々。朝も昼も夜も絶え間なく尾行していなければならないので、当然休みもなければ勤務時間なんて関係ない、完全に労働基準法を無視した割に合わないお仕事。それでも俺がこの仕事を続けているのは、やっぱり、不幸な境遇のもとに生まれてきた子供たちを放っておけないという理由に尽きる。
 ……なーんてのは建前で、一時期刑事ドラマにハマッって憧れて、一度でいいから拳銃片手に銃撃戦したり容疑者相手にカツ丼出してみたり張り込み中に牛乳とアンパン食べてみたかったりしたかっただけ。
 そんなわけで今日も車の中で、マンションに一人暮らしの容疑者の張り込み捜査をしているわけだが。
「俺、そろそろ帰りますね」
「待てコラ」
 車から出て行こうとする捜査課の刑事であり、高校時代の元後輩、蓮川の頭を丸めた雑誌で一発殴りつけると、蓮川は恨みがましい目つきで俺を睨みつけてきた。
「誰の仕事だ、誰の」
 間違っても少年課の俺の仕事ではないことは確かなのだが、蓮川は深くため息をつく。
「確かに俺の仕事ですけど、だからって、こんな朝から晩まで四六時中見張ってることないでしょう?! 先輩は熱心すぎです!!」
「いつ何が起こるか分からないから事件なんだろう?!」
「それはそうですけど、でも俺にだって家庭というものがあるんです!!」
 蓮川は涙目になりながら訴えてきた。
「ただでさえ子供達に寂しい思いばかりさせてるのに、このままじゃホントに離婚されちゃいます……っ! 光流先輩は妻子ってものがないから分からないでしょうけど!!」
 どうやら本気で切羽詰ってる様子。
 まあ確かに、妻だけならともかく、子供の気持ちを考えたら蓮川の言い分も分からないわけではない。
「わーったよ、今日はもう帰れ。あとは俺が見張っとくから」
「あ、ありがとうございます!!」
 途端にパッと顔が明るくなって、蓮川はさっさと車から出て去って行った。
 俺は車のシートを背後に倒し、大きく息を吐いた。
(疲れた……)
 体力には自信のある俺も、さすがに限界かもしれない。
 そのくらい、睡眠不足と体力不足の毎日。
 なもんだから、もう一週間近く家にもほとんど帰っていない。
 もし俺にも妻子がいたら、本気で離婚されてるだろうって考えてから、ふと恋人の顔が思い出され、胸が締め付けられるように苦しくなった。
(会いてぇ……な)
 一緒に暮らしてるんだから家に帰ればすぐに会えるのに、そう簡単に仕事を放棄できない自分が憎らしい。
 早くこんな仕事終わらせて、家に帰って、すぐにでも抱きしめたい。
 あいつが嫌がるくらいキスしまくって、あらゆる部分に触れて、あいつの感じる顔が見たい。
「ちくしょー……」
 会いたい。
 会いたくてたまらない。
 たまらねぇよ……忍。
 
 
 結局車の中で数時間眠っただけで、朝になって職場に直行。
「光流先輩、風呂くらい入ってきたらどうです?」
「んな時間あるか。それよりいやにすっきりした顔してんじゃねーか。夕べは奥さんと仲直りエッチでもしてきたかぁ?」
 一人小奇麗に出社してきた蓮川の頭をグリグリと拳で挟みこむ。
「いだっ!! そんなことしてません!!」
 顔を真っ赤にして蓮川は否定するが、どうやら図星の様子。
 ちくしょー……一人だけ良い想いしやがって、ムカつく。俺なんか妄想だけの日々だぞ。
「けど本気で危なかったんですからね!」
「知るかよ、俺が。それはおまえら夫婦の問題だろ。家庭は家庭、仕事は仕事、きっちり分けろよ」
「光流先輩はまだ独身だから、そんなことが言えるんです! 実際はそう簡単に割り切れるもんじゃありません!」
 負けずに言い返してくる蓮川に、俺はちょっとばかり尻込みしてしまった。
 確かに子供がいない身分の俺としては、蓮川の意見を完全に否定できないことも確かだ。
「俺は、ちゃんと家庭を大切にしたいんです」
 蓮川は深刻な口調で辛そうに言った。
「最近ロクに会話もなくて、いつも強気な奥さんが、寂しいって泣いて訴えてきたんですよ……。なのに、光流先輩が強引に張り込みに付き合わせるから……」
「ちょっと待て、俺のせいなのかそれは?」
 何度も言ってると思うが、今回の仕事はあくまで捜査課の仕事で、巻き込まれてるのは俺の方なんだが。
「この前の事件の時だって、俺関係ないのに、北の果てまで付き合わされたじゃないですか!!」
「それはおまえが一時、北海道に住んでて地理が詳しかったからだろーが!」
「あの時だって、子供達の運動会があったのに、おかげで出席できなかったんですよ?! 光流先輩もいいかげん結婚したらどうですか?! せめて奥さんの一人でもいれば、俺の気持ちも分かるでしょーから!!」
「あのなぁ、俺だって目いっぱい我慢してんだよ!!」
「何をですか?!」
「だから、その、妻に会いたいと思う気持ちとかは……っ」
 俺がそう言うと、蓮川は途端に目を丸くした。
「光流先輩、もしかして恋人いるんですか?」
「え……いやその……」
「だったら早くその人と結婚したらいいじゃないですか! いつまでも忍先輩と男二人で暮らしてないで!」
「う、うっせー!! とにかく俺は関係ねぇからな!! 家庭の問題を仕事に持ち込むな!!」
 相変わらず鈍いというか、いいかげん気づけというか、いや気づかれたら気づかれたでそれは厄介だけど、それにしても鈍すぎるヤツだと思う。三十路半ばの男二人が、いつまでも友情関係だけで同居してると思うか?普通。
「また喧嘩してるの? お二人さん」
 そこへふと、同僚の女刑事、里中玲子が声をかけてきた。
 事情を話すと、玲子はなるほどと頷きながら女性としての意見を述べ、俺と蓮川は妙に納得しつつも、結局のところ何も解決しないまま、また現場へ向かったのだった。
 
 
『女が何も言わなくなったら、もうおしまいだと思った方がいいわ。泣いて訴えてくるっていうのは、まだ蓮川君のことをそれだけ愛してる証拠よ』
 街中を歩きながら、俺は玲子の言葉を思い出し、考え込んでしまう。
 何も言わなくなったら、おしまい?
 思わずドキリとした。
 家に帰って忍と顔をあわせたのは、もう一週間も前のこと。
 あの時、忍はどんな顔をしていたっけ?
 別に怒るわけでもなく、文句を言うわけでもなく、ごく普通に「おかえり」って言って、作った晩御飯を出してくれて、風呂まで用意してくれて、あとはお決まりコースというか、ちょっとばかり強引に押し倒したというか……。
 これだけ思い出すと、なんだか凄く淡々とした関係のように思えなくもない。
 でもそう言われれば、確かにそうだ。
 ちゃんと愛しているからこそ、会えないことを寂しいと思ったり、辛いと思ったり、悲しいと感じたりして、怒るなり泣くなりして訴えてくるものではないだろうか。
(俺……もしかして、愛されてない?!)
 ふと恐ろしい結論に達してしまい、俺はとてつもない危機感を胸に抱いた。
 ヤバい、帰ろう!!
 今日は絶対絶対、早く帰ろう!!!
 
 
 と、思ったのに。
 事件は急展開を見せ、尾行していた容疑者がいきなり姿を消し大阪の実家に帰宅したとの情報を得て、俺と蓮川はすぐさま新幹線に飛び乗った。
「今日は絶対、子供と遊んでやるって約束たんですよね……」
 またも泣きそうになりながら、蓮川がぼそっと呟いた。
「なんでこんな仕事、選んじゃったんだろう……」
 グチグチグチグチとうるさいヤツ。
 辛いのはおまえだけじゃねーっつの。
 苛立ちを抑えきれないまま、俺はこの貴重な移動時間を無駄にしないためにも、とっとと眠りについた。
 大阪に着いたら、すぐに忍に電話しよう。そう、心に決めながら。
 
 
 同じ事を考えていたのか、蓮川も新大阪駅に着くなりすぐに携帯電話をポケットから取り出し、俺から離れる。
 俺も同じように携帯電話の発信音を鳴らした。
 少しの着信音のあと、人のざわめきのような音と共に、忍の声が耳に届く。
『何の用だ?』
 少し低い、冷たい声。
 久しぶりの会話だってのに、相変わらずつれない奴……。
「あ、のさ、実は今、大阪にいて……、しばらく帰れないかも……」
 なぜか妙に遠慮がちになってしまいながらそう訴えると、忍は間髪入れずに応えた。
『分かった。今仕事中だから切るぞ』
 一瞬にして、俺の心の中にブリザードが吹き荒れる。
「ちょ……っ、待てって!!」
『何だ?』
 少し迷惑そうな声。もしかして仕事、忙しいのかな。
 でも、せっかく声聞けたのに……!!
「お、お土産、何がいい?!」
『別にいらん。切るぞ』
「忍っ!!」
『……だから、さっきから何だ? 言いたいことがあるならハッキリ言え』
 俺の心中などお見通しと言わんばかりの口調。
 なんか最近、完璧に尻に敷かれてるよなぁ、俺って。凹むわ。
「あ……愛してるよ」
 もうこうなったら直球でいくしかない。
 といっても、どうせ冷たくあしらわれるだけなんだろうけど。
『……分かってる』
 低く甘く囁くようなその声に、俺は自分の鼓動が一気に高まるのを感じた。
 な……にそれ、反則技すぎます!! 忍さん!!!
 ヤバい……嬉しすぎて、死にそう……。かなりキちまったよ今のは……。
「忍……!!」
『それはそうと光流、今週末の栃沢の結婚式、忘れてないだろうな?』
 しかし即効で通常モードに戻る忍の声に、俺はまたも心の中にブリザードが吹き荒れるのを感じた。
「え?」
『何が何でも休みとるってはりきってたのは誰だ?』
「あ、ああ!! 大丈夫、覚えてます!! ちゃんと休みとるって絶対!!」
『欠席するならすぐに連絡しろよ。じゃあ切るぞ』
「はい……」
 返事をするより先に電話を切られ、心の中はひたすら寒い。
 結婚式って……結婚式?
「おい蓮川、今週末って栃沢の結婚式だっけ?!」
「いまさら何言ってんですか、休み希望しっかり入れてるじゃないですか」
「あー……そうだっけ」
 見事に忘れてた自分に、かなりの自己嫌悪。ごめん栃沢君。
「俺も絶対に出席したいですから、早く解決させましょう、この事件」
 真剣に訴えてくる蓮川に、俺も真剣に頷いた。
 とにもかくにも、今は仕事第一だ。
 俺たちは駅を出て、事件解決への道を歩み始めた。
 
 
 苦労の甲斐あって、栃沢の結婚式一日前に、事件は無事に解決を迎えた。
 ボロ雑巾のようになった俺と蓮川は、明け方にそれぞれの自宅に帰宅できたものの、互いに明日の結婚式に間に合う自信は全くなかった。
「ただいま~」
 って、まだ明け方の5時前。さすがに起きてるわけがなく、部屋は真っ暗だ。
 明かりもつけず、俺は寝室に直行した。ソファーにでも座ろうものなら、間違いなくそのまま眠ってしまうに違いないからだ。
 ドアをそっと開いて寝室に入ると、やっぱり忍はベッドの上でよく眠っていた。
 俺は即効で、忍の隣に倒れこむように横たわる。
(やっと会えた~……っ!!)
 月明かりの下、忍の寝顔を目前にして、俺は嬉しさのあまり目頭が熱くなった。
 嬉しい……嬉しいっ。嬉しい!!
 まるで腹ペコの犬が餌をもらった時みたいに、そんなことしか思えない。
 でも忍も今日は仕事で疲れてるだろうし、起こしたら悪いので。出来るだけそっと、頬に唇を寄せる。けれど人の気配に敏感な忍は、案の定、俺の気配に気づいてゆっくりと目を開いた。
「今……帰ったのか……?」
 少し寝ぼけた目つきがめちゃくちゃ愛しくて、俺はそっと忍の頬に手を添える。
「うん、ただいま。起こしてごめん」
 そう言って、今度は額にキスをした。
 忍はちょっと迷惑そうに目を伏せて、またゆっくり目を閉じる。
 どうやら半分しか覚醒していない様子。俺は忍の首の下に自分の腕を潜り込ませ、また眠りに落ちていくその身体をそっと抱き寄せた。
忍の体温と匂いが、不思議なくらい俺の気持ちを落ち着かせてくれる。
(どうしよう……)
 愛しくて、たまらない。
 もう人生の半分を一緒に過ごしているのに、どうしてまだこんなにドキドキするんだろう。
 いやむしろ、昔よりずっと、今の方がドキドキしている。
 好きで、好きで、どうしようもなく好きで。
 明日は栃沢の結婚式。やっと仕事も休みがとれたし、一日中ずっと一緒にいられる。
 そのことが酷く嬉しい。
「あ……」
 ふと俺は思い出して、俺はスーツのポケットに手を突っ込んだ。
 ポケットから取り出した小さなジュエリーボックスを目の前にかざし、しばし無言で見つめる。
(結婚指輪ってわけじゃないけど……)
 ペアのシルバーリング。つまりは結局のところ結婚指輪。
 実はずいぶん前から購入していたものだったけど、渡すタイミングが掴めなくて、常にポケットにしまったままでいる。
 二十年も一緒にいるのに、何を今更照れる必要があるんだって、自分でも思うけど。今までプレゼントの一つもしたことなければ、確かな約束もしたことはなくて、我ながら自分の甲斐性の無さに呆れるばかりだ。おまけに毎日仕事、仕事で、会える時間はほんのわずか。
 こんな男に文句の一つも言わず家事全般を引き受けてくれて、いつでも家で待っていてくれる忍に、いいかげん申し訳なさでいっぱいだった。こんなことでは、玲子の言う通り、「おしまい」にされたって当然だと思う。
 第一、   忍が毎日仕事を定時に終わらせて帰って家事をしてるっていうだけでも、昔からすると考えられない事だ。でもそれって、やっぱり、
俺のためなんだろうなって思ったら、ただひたすら自己嫌悪に陥るばかりだ。
(大切にしなきゃ)
 切実にそう思って、せめて形だけでもと、コツコツ溜めたお金で買った結婚指輪。
 忍は喜ぶ……わけないか?
 こんなもん出来るか!!って怒られるだけがオチのような気もする。
 でもやっぱり、ちゃんと、伝えたいから。
(愛してるよ……)
 ずっとずっと、死ぬまでずっと、一緒にいたいって、伝えたい。
 ありきたりな方法でしかなくても、精一杯考えた俺の愛の形。
 いつ、渡そう……?
 どうやって……?
(うわ……やっぱ恥ずかしい……っ!!!)
 俺は咄嗟に指輪をポケットの中にしまいこんだ。
 まるで初恋の彼に告白でもする女子中学生みたいな気持ちになって、顔が熱くなる。
「……ん……」
 思わず悶えていると、揺さぶられて忍がわずかに覚醒してしまった。
 慌てて平常心を取り戻し、俺は忍の髪に自分の顔を埋めるように唇を近づけた。
 好きとか愛してるとか、そんな言葉じゃ到底足りないくらい、大切で愛しい最愛の、俺の恋人。
 その温もりを全身で感じながら、俺はいつしか眠りに落ちていた。
 
 
 翌日、俺も蓮川もなんとか栃沢の結婚式に間に合い、結婚式はとどこおりなく終了した。
 けれど俺も蓮川もやっぱり眠さも体力もマックス限界突破で、どうにか栃沢の結婚式は盛り上げられたものの、二次会終了時には体力も気力も尽き果てていた。
「は、蓮川……明日からまた張り込みだぞ……」
「もうホント勘弁して下さい……・」
「だからおまえの仕事だろーが……っ」
 二人そろってトイレを出ると、ロビーに帰り支度をはじめる友人たちがたむろしていて、その中心に忍と瞬の姿があり、相変わらず女に囲まれて二人とも社交辞令的な笑顔を浮かべていた。
「忍先輩もあれだけモテるんだから、いいかげん結婚すりゃいいのに」
「うるせーよ」
「いたっ! なんで殴るんですか?!」
 蓮川を無視して、俺は忍のもとに急いだ。
 うるせーボケ。つーかいい加減、わざわざ言わなくても気づけ。
「忍、もう帰るぞ!」
 俺は忍の腕を掴むと、その場から忍を引き離した。
 いくら社交辞令とはいえ、やっぱり見ていて気持ちの良いものじゃない。
「光流」
「なに」
 人気のない駐車場まで来ると、不意に呼ばれて、振り向いたと同時に唇に暖かいものが触れた。
「妬くなよ」
「だ、誰も妬いてねーっつの!!」
「俺は妬いてたぜ?」
 どこか怪しげに微笑んでそう言うと、忍は先に運転席に乗り込んだ。
 その魅惑的にも見える表情に、俺は心臓がバクバクするのを感じながら助手席に乗り込み、忍の肩を抱き寄せてキスをする。
「ほんとは……妬いてた」
 素直にそう言うと、優しく笑みを浮かべる忍の顔が、あまりに綺麗で。
 俺はもう一度唇を重ねて、舌先で忍の咥内を愛撫する。
 熱くて、身体の芯まで痺れるような、甘い感覚。
 百万回好きって言うより、強く感じられる想い。
 ずっとずっとこうしていたかったのに、やっぱり体力は限界だったようで、知らない間に俺の意識は夢の中へ潜り込んでいた。
 
 
「明日……仕事なんだろ?」
「んー……でももう我慢できない」
「我慢なんかしてたのか?」
 俺の下で忍が意外そうな顔をする。
「うん、すっげぇしてた」
 そんなの当たり前だろって心の中で思いながら、俺は忍の感じやすい部分に指を這わせる。
 全く……、どんだけ我慢してたと思ってんだ。おまえは全然、平気だったかもしんないけど。
「ん……っ」
 乳首に吸い付くと、甘い声が耳に届いてきて、敏感なそこはすぐに硬く尖っていく。握り締めていた忍の自身からは、もう既に液が滲んできて、手の平で包み込み扱くとビクビクと身体が震えた。
「何か、いつもより感度良くありません? 奥さん」
 息を乱す忍にからかるように声をかけると、案の定、鋭い瞳で睨みつけられた。
 けれど瞳があまりに熱っぽくて、かえってゾクゾクするような興奮が俺を襲い、忍の一番良いところを刺激すると、一際大きく身体を震わせ、忍はぎゅっと目を閉じた。額にわずかに滲む汗があまりに色っぽくて、たまらない気持ちになって更に追い詰める。
「も……おまえの事なんて……何もしないからな……っ」
 またしても睨みつけられ、俺は思わず苦笑した。
 そろそろ限界っぽいのに、まだ憎まれ口叩くんだもんなぁ。まったく可愛いったらありゃしない。
「冗談だって、感謝してます。だから今日はめいっぱい奉仕させてもらうぜ?」
 耳元でそう囁くと、潤滑油で濡れた指を、忍の熱い内部にゆっくり押し込んでいく。
 柔らかい肉の感触が気持ち良くて、しばらく愛撫を続けていると、忍の瞳が徐々に潤んできて頬が熱を帯びてくる。乱れた吐息があまりに扇情的で、胸の内が熱くなる。
「もしかして、すっげぇ感じてる?」
 このままずっと感じてる顔を見ていたい気分になって指を引き抜くと、忍が俺の首に腕を回してしがみついてきた。
「もっと……しろよ……っ」
 俺は強く忍の身体を抱きしめた。
 ヤバい……嬉しすぎる。こんな風に、求めてくれるなんて。
 胸の奥が酷く疼いて、自分が制御できなくなる。早く忍を感じたくて。
 でも、久しぶりだし、めいっぱい気持ち良くしてやりたいから、落ち着かないと。
「忍、力、抜いて?」
 そう言って太股を撫でると、忍は恥ずかしげにゆっくりと足を開いた。
 出来るだけそっと、と思ったけれど、やっぱり制御できなくて、俺は待ちきれず自分のものを忍の秘部にあてがうと、一気に忍の中に侵入していった。
「あ……あぁ……っ」
「痛く……ないか……?」
 忍は強く目を閉じたまま、応えない。
 でもごめん、痛いって言われても、止められる余裕ない。
 耐え切れず腰を動かすと、忍がこらえきれない声を漏らして、よりいっそう俺の身体を熱くする。せめてと思って、忍の手に自分の手を重ね、指を絡ませる。繋ぎあった手の平の熱さと絡み合う肉の熱さが、どうにかなりそうな快楽で俺を翻弄させる。
「好き……だよ……忍っ」
「ん……、あ……っ」
 うっすらと開かれた濡れた瞳がたまらなく愛しくて、唇を重ねると、躊躇うことなく舌が絡んできた。
 なにもかもが一つに溶け合うような、激しい快楽。波のように押し寄せてくる、熱情。
 とても言葉じゃ伝えられない。
 だから代わりに口付ける。強く手を握り締める。永遠に離れないように。
 なあ……どれだけ愛してるって言えば、この気持ちは、おまえに届くんだろう?
 もうそんな言葉じゃ足りないくらい、おまえ無しじゃ生きていけない。
「光流……っ!!」
 熱に浮かされながら、忍が俺の名前を呼ぶ。俺はそれに応えるように、熱く舌を絡ませ、指を絡ませる。
 頼むから、もっと求めてくれ。強く、激しく、形なんていらなくなるくらいに。
 俺はもう、これ以上、求めることなんて出来ないから。
 だってこれ以上求めたら、おまえのこと、壊してしまいそうで怖い。
 大切にしたいんだ。
 世界中の何よりも、誰よりも、自分よりも、ずっとおまえのことを大切にしたいから。
 求めてくる忍の熱を感じながら、どこまでも高まってゆく鼓動を必死で抑え、俺は与えられる全てのものを捧げるように、強く忍を抱きしめた。
 
 
 またいつの間にか眠りに落ちてしまっていたらしい。
 目が覚めるとまだ外は真っ暗で、明け方までにはかなり時間があった。
 なんだか最近、長く眠り続けることが出来なくなってるみたいだ。
「……ん……」
 ふと、隣で眠っていた忍の口元が開いて、俺は忍の寝顔に目を向けた。
「みつ……る……」
 小さな声で、忍が俺の名前を呼んで、一瞬ドキリとした。
 夢……でも見ているのだろうか。
 そっと髪に触れると、次の瞬間、忍の瞳から一筋の涙が流れた。
 俺は驚くと同時に、酷く動揺してしまって、慌てて忍の涙を指先で拭う。
 なんで……?
 いったいどんな夢、見てるんだ?!
 俺の名前呼んで泣くなんて、それってやっぱり、悪夢だったり……?
 やたらと心臓がドキドキしてきて、どうして良いか分からないまま、忍の手に自分の手を重ねると、そっと握り返された。 そうしたら、忍が安心したように微笑んで。その瞬間、俺は、酷く胸が痛むのを感じた。
 もしかして……寂しかったの、かな。
 えっちの最中も、なんだか凄く求めてきてるみたいだったし……。
 いや、それならそれで凄く嬉しいんだけど……でも……。
「ごめん……な」
 大切なことを、すっかり忘れていたような気がする。
 忍は昔から、どんなに寂しくたって辛くたって絶対に表には出さずに、一人で全部抱えて我慢してしまう事くらい、知っていたのに。いつもあんまり普通に出迎えてくれて、そんな素振り少しも見せないから、俺も甘えすぎていた。
 一緒にいたいって、会いたいって、強く思ってたのは、きっと俺だけじゃない。もしかしたら俺以上に、忍の方がずっと、そう思ってたかもしれないんだ。
 握り締めた細い指先を見つめながら、俺はふと思い出して上半身を起こしベッドから降りる。そしてクローゼットにかけられていたスーツのポケットから、いつ渡そうか迷っていた指輪を取り出した。
銀色に輝くシンプルな指輪を、そっと忍の左手の薬指にはめる。
 サイズ、合ってて良かったって思って、それからそっと指輪がはめられた指に口付けた。
 永遠の誓い。
 言葉にしなくても、忍はきっと分かってくれる。
(くそ……っ、もう、絶対……っ)
(絶対絶対絶対!! 何がなんでも、長期休暇とってやる!!!)
 そんでずっと、ずっとずっと一緒にいる!!
 仕事なんか関係あるかっ。蓮川の家庭なんてどうなろうが知ったことかっ! 職場でどんな非難うけたって、絶対休む!!
 そしたらずっと家にいて、どんなに忍が嫌だって言っても、一日中抱きしめて離さないし、ずっと手をつないでキスしまくって、それでいっぱい「愛してる」って囁くんだ!!!
 泣きたいくらい愛しい気持ちでいっぱいになりながら、俺は固くそう決意して、自分の指にも同じ形のリングをはめた。
 
 
 だがしかし。
 現実は何故にこうも厳しいのだろう。
「休み欲しいだぁ?! 冗談じゃねーぞ!! おまえ、明日にも自殺しかねない子供見捨てるつもりかコラ?!」
 上司に怒鳴り散らされ、俺は返す言葉を失った。
「そ、そーいうつもりでは……」
 もちろん無いのだけれど。けれど……。
 深くため息をつきながら廊下に出ると、俺は携帯電話をポケットからとりだした。
『何の用だ?』
 数回のコール音の中、またしても冷めた声。
「あの……今日、帰れないかも……」
 泣きたい。まじで泣きたい。蓮川じゃないけど、なんでこんな仕事選んでしまったんだろうと切に思う。
『そんなことでいちいち連絡しなくていい』
 ああ、心にブリザード。
「んなこと言って、ホントはおまえだって寂しいクセに」
 ちょっとムッときて拗ねた口調で言うと、間髪入れずに忍は応えた。
『あいにくおまえに構ってるほどこっちも暇じゃない。怠けてないでしっかり仕事しろよ。じゃあな』
 即効で電話を切られ、俺は目に涙が滲むのをこらえきれなかった。
 し、忍さん……昨夜の熱い抱擁はなんだったんスか?!
 もしや俺、また一人芝居ですか?!
「あれ光流先輩、こんなとこで座り込んでどうしたんですか?」
 ふと通り縋った蓮川が声をかけてきたが、俺は顔をあげることができないまま応えた。
「うるせー……俺のことは放っておいてくれ」
「あ、もしかして彼女にフられたんですか?」
「うるせーんだよっ! いいかげんもっと使えるようになりやがれ!!!」
 ぶちっと頭の血管が切れ、俺はしたたかに蓮川の頭を殴りつけた。
 てめーがもうちょっと仕事出来る奴だったら、いちいち俺がフォローに回らなくても良いんだよ!! 仕事休めるんだよ!!! 忍といっぱいえっち出来るんだよっっ!!!!!
「な、何をそんな怒ってるんですか~~?!」
「おらとっとと行くぞ!!」
 涙目になる蓮川を引きつれ、俺は今日も駆けずり回る一日を過ごすため、外に足を向けた。
 ちくしょーっ!! この事件が解決したら、絶対休みとってやる!!!!!!