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 なんだか最近、忍くんがヤバい気がする。
 これといった変化のない日常の中、ふと俺がそんな事を思ったのは、忍が一足先に二十歳の誕生日を迎えようとする頃。
 
「光流、今日大学の連中と飲みに行くから、遅くなる」
「ああ、俺はバイトだから、今日は飯いらねーな」
 確か今日は俺が夕食当番。やったラッキーとか思いながら忍に目を向けて、俺は即効で忍に歩み寄った。
「忍、ボタン、外れてる」
 シャツのボタンが3番目まで外れていて、鎖骨の辺りまで肌が露出されている。俺は慌てて一番上までボタンを留めてやる。
「おまえ、なんか最近だらしないぞ」
 以前はどんな時でもきっちりと服を着ていて、こんなこと絶対なかったのに、最近の忍はどういうわけか、やけにルーズになってきている。
「別にいいだろう、見られて困るものもないし。第一おまえにだらしないと言われたくない」
 忍は少しムッとした表情で言った。
 ん? 
 見られて困るもの??
「ああ、キスマーク!」
 そーいや最近あんまりつけてなかったっけ。
 でも確かに以前はつけまくってたような記憶が……。なるほど、だから猛暑の真夏でもしっかり服着込んでたのか。
 って、いやいやいや、感心してる場合じゃなくて。
「んじゃ、久しぶりに……」
 俺はニッと笑うと、止めたばかりのボタンを一つ外して、忍の白い首筋に唇を寄せた。
 温かい肌に軽く歯をたてて、思い切り吸い付く。
「……今日は飲み会だと言っただろう?」
「だから、浮気防止?」
 首筋についた赤い印に満足したところでそう応えると、忍はますますムッとした表情をした。
「なにを疑ってるんだ、おまえは」
「いや、疑ってるわけじゃねーけど……」
 いまさら、浮気なんてあり得ないって、もちろん思ってる。
 けど……最近のおまえ見てると、いろいろと心配で仕方ない。
「ボタンはちゃんと、しめておけよ?」
 俺は忍のボタンをもう一度しめ直しながら言った。
「ボタンと浮気と何の関係はあるんだ?」
「関係はねーけど、俺以外の奴に見せちゃダメ」
 しっかりそう言い含めると襟元を掴んで引き寄せ、今度は忍の唇にキスをする。
 そっと咥内に舌を割り入れると、忍はしっかり応えてきて、柔らかいその感覚に思わず夢中になってしまった。
 ヤべ……キスなんか、するんじゃなかった。もう家出ないと、遅刻するってのに、下半身がマズいことに……。
「……ん……」
 そろそろやめないとと思っていたら、忍が喉の奥で甘い声を漏らすもんだから、本気でマズいことになってしまい、忍の細い腰に手を回して抱き寄せる。唇を離すと、目を閉じていた忍が伏し目がちに目を開いて、少し潤んだ瞳と、ほんのり赤く染まった頬がやけに色っぽくて、俺はたまらなくなってその場に忍の身体を押し倒した。
「光流、そんな時間ないぞ」
「分かってる……けど、もう無理っぽい……」
 あああああ……さすがに今日はサボるわけにはいかないんだけど、こんな状態で立てねーよ!!!!!
 つくづく俺って性欲魔人……。
「仕方ないな、五分でイけよ?」
 忍は実に冷静にそう言うと、上半身を起こして俺のズボンのチャックを引きおろし、既に昂ぶってるものを右手に包み込むと、おもむろにソレを口に咥えた。
 なんか……情けねぇっ!! つか五分でって!!! いやイける自信は充分あるけども!!!
「忍……っ……」
 まずいって~! 巧すぎるって~!!
 柔らかい舌の感覚に酔いながら、俺は忍の前髪をそっと指でかき上げる。
 そうしたら、長い睫を伏せながら俺のものを含んでいる忍の、あまりにも艶かしい姿が視界に飛び込んできて、一気に熱が高まった。
「だめっ! も~無理っ!!!」
 思わず忍の髪をぎゅっと掴んだまま、俺は忍の咥内に快楽の証を解き放った。
 俺、早っ!! 五分どころか三分もってねぇ!!!
 情けなさと共に忍に目を向けると、忍はコクンと喉を鳴らして俺の精液を飲み込んで、口元に手を当てながら上目遣いに俺を見つめてきた。
 一瞬、ドクンと心臓が高鳴る。
「さっさとしまえ。もう行かないと遅刻だぞ」
「あ……え、いや、でもおまえは……」
「必要ない」
「そう……?」
 早々に家を出て行く忍を、俺はズボンのチャックを慌ててしめて追いかけた。
 うわ、マジでめちゃくちゃ情けねぇ!!
「忍~、待てって~!!」
 スタスタと歩く忍の肩に手をかけ、俺はその耳元に囁いた。
「ごめん、今夜きっちりお返しするから」
 俺の言葉に、てっきり忍はまた照れて目を逸らすか怒って睨みつけてくるもんだと思ってた。
 けれど、そんな予想とは裏腹に、流れるような視線が俺の目を怪しく見つめてきて。
「満足させろよ?」
 余裕の笑みさえ浮かべてそう言ったものだから、俺は本気でドキッとして。
 やっぱり以前とは確実に違う忍の姿に、ただ戸惑い、胸の鼓動が高まるばかりだった。
 
 
 忍は初めて会った時から、いかにも育ちの良さを感じさせる上品な物腰をしていて、それは見ていて思わず感心するほどに清楚で優雅で、一般庶民しかも下町育ちの大雑把な俺にとっては、まるで別世界の人間のように思えた。
 よくよく話を聞けば、茶道、華道から日本舞踊に至るまで、幼い頃から祖母に徹底的に叩き込まれたらしく、つまりやっぱり別世界の人間なんだなと妙に俺を納得させた。
 そういう深窓の令嬢……もとい令息に、朝っぱらからあーいうコトをさせてしまって良いものか、酷く自己嫌悪に陥りながら学食でうどんをすすっていた時だった。

「なあ光流、おまえ手塚と一緒に住んでるんだろ?」
 目の前に座っていた大学の友人(男)が、何気なくそんなことを尋ねてくる。俺はうどんをすすりながら頷いた。
「なんつーかあいつって……いや、誤解のないよう言っておくけど、俺、別にそーいう趣味はないからな?」
 やたらと深刻な顔で、なぜか言い訳がましくも思えるその台詞に、俺は不信感を覚えて眉をしかめた。
「妙にこう……色っぽくねえ? おまえ、一緒に暮らしてて変な気分になることとかねえの?」
 刹那、ボタボタッと口からうどんがこぼれる。
「……んだよっ、それ!?」
 そりゃ、年がら年中変な気分にはなってるけど!!!
「いやだってさあ、なんか目つきとか、仕草とか、同じ男なのにドキドキすんだよ。まあ綺麗な顔立ちしてるからかもしんねえけど、でも普通 男に色気なんか感じねえだろ? だけど手塚はマジでヤバいっつーか……。俺と同じように思ってる男、けっこういるんじゃねーかな? まあ思ってたとこで、あいつに手出しできる怖いもん知らずはいないと思うけどよ」
「当たりめぇだっ!!!」
 そんな奴いたら、間違いなく頭かち割ってぶっ殺してくれるわ!!!
「噂通り女遊び激しいからかな? 日頃からヤりまくってる奴って、やっぱ色気あるもんな~。そーいや俺の知り合いの女の子が、昔あいつと付き合ってたらしいんだけど、すっげーテクニシャンだったとかって聞いた……」
「俺、急ぐから行くわ!!」
 それ以上は聞きたくもなくて、俺は早々にその場を離れた。
 
 
 やっぱり……。
 やっぱり、やっぱり、やっぱり!!!
 俺の過剰な私欲っつーか、惚れてる欲目っつーか、そんなもん感じてるの俺だけだって思い込もうとしてたけど、やっぱり違ったんだ!!!
『妙にこう……色っぽくねえ?』
 さっきの友人の言葉が、頭の中をぐるぐる回る。
 そう……このところ、ずっと感じていた、忍への違和感。というかヤバさ。
 ふとした仕草に、もう5年近く一緒にいる俺ですら驚くほどの色気が漂っているのだ。
 今朝のボタン一つにしてもそうで、胸元を露出してるだけで壮絶に色っぽくて、もう色っぽい通り越してエロすぎて下半身の暴走が止まらないわけで。
 あんな姿、人前に晒したら、とてもじゃないけど心配でいてもたってもいられなくて、今朝もついあーいうことを言ってしまったわけで。
 もちろん忍自身は、そんなこと微塵も気づいていないのだろうけど……だからこそ、なおさら心配で。
(どう、すれば……?)
 あれ以上、色気が増したら、いろいろと本気でヤバい気がする。
 何としてでも現時点で食い止めておかなければ、マジで心配すぎて一歩も外に出せなくなる!!!
『日頃からヤりまくってる奴って、やっぱり色気あるもんな~』
 って、もしかして俺のせい!?
 ほとんど毎日のようにヤりまくってるから!? 朝から咥えさえたうえ飲ませちゃうから!?
 だとしたら、本気で控えないと!でもそれ俺が辛い!!……とか言ってる場合じゃねえ!!!
 やめよう!! もうエッチは当分の間やめておこう!!
 そう硬く心に誓い、俺はその日、悶々とした気分のまま、忍の帰りを待たずにさっさと眠りに落ちたのだった。
 
 
 そんなこんなで、禁欲生活1週間目に突入。
 我ながら、自分自身に感心しまくるほどに、よくもっているものだと思う。
 まず風呂あがりは絶対に忍の姿を見ないようにしたり、着替え始めたらテレビとか本見るようにしたり、寝る時もなるべく時間ずらして、極力バイト多目に入れるようにしたりと、涙ぐましい努力の甲斐あって、なんとか続いている。
 でも正直、かなりキツい。かなりどころか死にそうなくらいキツい。
 何が悲しくて、せっかく恋人と一緒に暮らしてるのに、こっそり風呂場で抜いたりしなきゃいけねーんだ? あんまり情けなくて涙も滲むというものだ。

「光流、まだ寝ないのか?」
「悪ぃ、レポート全然できてなくて。先寝ててくれ」
「……」
 せっかくバイトが休みでも、触れ合えない毎日。
 せめてキスだけでもって思うけど、そんなことしたら絶対押し倒さずにはいられないし、キスどころか触れるだけでももう限界だと思う。
 抱きたい。
 めちゃくちゃ抱きたい。
 忍の感じてる顔が見たい。色っぽい声が聴きたい。めいっぱい気持ち良くさせてやりたい。
 でも……正直、もうこれ以上、汚したくないのも、事実、なんだ。
 本当は……本当のところは、色気がどうこうじゃなくて、そんなものは口実に過ぎなくて、俺は……やっぱり最低だと、思うから。
 強姦に近い形で初めて忍を抱いてから、ずっとずっと自分の好きなように欲望ばかりを押し付けて、ずいぶん酷いこともたくさんしてきた。それでも受け止めてくれて、なおかつセックスに積極的になっていく忍が、このところ、まるで娼婦みたいな目つきをして俺を求めてくる時がある。その目を見るたび、こんな風にしてしまったのは俺なのだと思うと、どうしようもない罪悪感に囚われた。
 決してそんな風になって欲しかったわけじゃない。
 そして、あんな誘うような目で、もし他の誰かを見たらと思うと、嫉妬で気が狂いそうになる。
 それこそまた、あの頃の身勝手で最低な自分に戻ってしまいそうになって、怖くてたまらなくなる。
 俺のものにしたい。
 俺だけの、ものに。
 いっそのこと、一生この部屋から出られないように、鎖で繋いで閉じ込めておきたい。
(最低だ)
 変わるって、誓ったのに。
 二度とそんな真似は、しないと。
 なのに欲望が……、どうしようもない独占欲が、不安が、恐怖が、胸の内に渦巻いて、眠っている別の自分を呼び覚まさせる。
 だから、ダメだ。
 今、触れたら、この手に抱きしめたら、きっとまたがんじがらめにしてしまう。
 もう二度と見たくない。恐怖と不安に脅える忍の目なんて、もう二度と。
 それなのに、解放してやることもできない。
 どうして俺は、こんなに執着が深いんだ!?
 なぜこんなにも、忍でなければ駄目なのだろう。
 ただ、愛したいだけなのに……。
 
 
 なにかが凄く、間違っている気がする。
 そう分かっているのに、恐怖ばかりが先に立って、極力忍を避けるために相変わらずバイト三昧の日々が続いた。
 だってやっぱり、同じ家にいたら、とてもじゃないけど自分を制御できる自信が無い。寝顔ですら必死に見ないようにして、我ながら何をしてるんだろうと自分自身に呆れるばかりの毎日。手放す気など微塵もないのに、こんなこと続けてたって意味がないどころか、悪循環でしかないと分かっているのに。
「光流」
 大学の昼休み中、学食に行こうとしたら背後から馴染みのありすぎる声がして、俺は咄嗟に振り返った。
「話があるんだ、来てくれ」
 そう言って、忍が真剣に俺を見据える。
 俺はつい目を逸らして、しかし断る理由も見つからず、二人一緒に人気の無い場所に一緒に移動した。


「……何か、怒ってることがあるなら……言ってくれ」
 周囲に誰もいない事を確認して、忍がそう切り出した。
 やはり最近、俺が不自然に忍のことを避けているのはとうに分かっていたのだろう。少し不安気な瞳に胸が痛くなる。忍は何も少しも悪くないのに、すぐ自分を責めてしまうところがある事も分かっていながら、不安にばかりさせている自分が心底憎らしい。絶対に不安にさせないって、何度も心に誓ったはずなのに。
「何も……怒ってねーよ。ただ最近、バイト忙しくてさ。なかなか帰れなくて、ごめんな」
 俺はなるべく明るく、笑顔でそう言った。けれど忍は俺を睨みつけるように見据えてくる。
「そういう嘘は、下手だな。俺が見抜けないと思ってるのか?」
 怒っているような低い声。図星をさされて、俺は忍に視線を向けられずに俯いた。
「ホントに……怒ってはいねーって。ただ……ちょっと、距離置きたくて」
「……別れたいのか……?」
 少し震える忍の声に、俺は咄嗟に顔を上げた。
「違う!! そんなわけ……!!」
「だったらどうして……っ!!」
 突然、忍が俺の肩を掴んできたかと思うと、唇に熱い体温を感じて、俺は驚愕を隠せなかった。
 強引に、忍の舌が歯列を割って、押し入ってくる。
 久しぶりのその感触に、熱が高まる。
 鼓動が高まって、頭の奥が痺れる。
 唇が離れたと同時に、忍の瞳が俺を見据えた。
「光流……」
 少し潤んだ、艶っぽい瞳。
 誘うように色に満ちた、まるで……。
「やめろ」
 俺は咄嗟に、忍の肩を押しのけた。
 見たくなかった、どうしても。
「そんな顔……するな……!!」
「光流……?」
「そうやって……他の男も誘ってるのか!?」
 思わず俺は、衝動的に叫んでいた。
 刹那、忍はショックを隠しきれない様子で目を見開き、一瞬俺を睨みつけたかと思うと、すぐにきびすを返してその場から走り出した。
 すぐに、しまった、と思って、俺はすぐに後を追いかけ、忍の腕を掴む。
「離せ……っ!!」
「忍、ごめん、違うんだ……!!」
 俺は慌ててそう言うと、忍の腕を引き寄せる。しかし忍は顔を隠すように俯いて、俺の手から逃れようとする。しかし俺は絶対に離すまいと強く忍の腕を掴んだ。
「忍……!!」
「見る……な……!!」
 震える声と共に視界に飛び込んできた、忍の目尻にうっすらと浮かぶ涙に、ドクンと鼓動が跳ね上がる。
「ごめ……っ、ごめん!! ごめん、忍……!!」
 俺は無我夢中で、忍の身体を強く抱きしめた。
 きっとこれ以上なく忍を傷つけたであろう自分の言葉に、深い自責の念が襲ってくる。
「本当に、ごめん……!! 違うんだ!! だから、泣くな……っ」
 必死で声を押し殺しているけれど、肩に染み込む熱い感覚が、どうしようもなく俺の心を突き刺す。
 最低だ……最低だ!! 最低だ!!!
 思い切り自分を殴りつけてやりたい。
 こんな風に泣かれるくらいなら、いっそ殴ってくれた方が100倍もマシだった。
 でもきっと、そのくらい、深く傷つけた。
 俺は何度もバカみたいに「ごめん」を繰り返しながら、その涙が止まるまで、強く忍を抱きしめていた。
 
 
 
 お、落ち着かない……。
 やたらとデカいベッド。怪しげな照明。日常とは少しかけ離れた異空間で、俺は妙にソワソワせずにはいられなかった。
「何か飲むか?」
「う、うん……」
 しかしそんな落ち着かない俺とは正反対に、忍はやたらと落ち着いた様子で、棚に置かれていたコップにコーヒーを入れ始める。
 つーか悲しいことにやっぱり慣れていらっしゃる。このホテル入る時も、どうしていいか分からなくてうろたえてる俺をよそに、さっさと手続き済まして部屋に向かう忍に、すごすごとついていくだけの俺。
 だって、よく考えたら俺、生まれてこのかたラブホテルなんて一度も入ったことねーんだもん!!!
 女と経験はないわけじゃないけど、中学の時に女教師に学校で押し倒されて数回と、同じ頃に付き合ってた彼女と学校で数回……って、学校ばっかかよ!!
 忍とは……言わずもがな、寮か学校か、今住んでる家か……野外でした事もあったような……。
(……)
 何かいろんな意味で、自分が最低に思えてきたぞ……。
 などと自己嫌悪に陥ってる場合ではなく。
 何で俺達、こんなところにいるんだっけ?
 確か、あの後……。
 
 
「おまえが最近、やたら色っぽいから、つい心配になって……」
 何度も謝りながら本音を打ち明けると、忍は思いっきり冷ややかな顔つきになって、俺は背中に冷や汗が流れるのを感じながら必死で言い訳を繰り返した。
「だ、だって、ヤローの友達も言ってたし! なんか妙に色気あるって!! だから絶対、俺の気のせいじゃないし!! でもこれ以上、色気 増したら大変だし心配すぎるから、しばらくエッチするのやめようかなって……思ったり……?」
 しかし忍の表情は更に冷ややかになるのみで、目を合わせたら石にされそうなほど怖くて、とてもじゃないけど目を合わせられないまま必死になる俺。
「……ごめんなさい」
 ダメだ、言い訳なんかしたって、ドつぼにハマるだけだ。
 ここはやっぱり、素直に謝っておこう。実際、最低なこと言ったし。しかも泣かせちゃったし。
「ずっと馬鹿だとは思っていたが、ここまで馬鹿だとは思わなかった」
 あんまり情けなくて、目に涙が滲んでくるのをこらえていると、忍は落ち着いているけれどどこか優しい声で、やっと言葉を発してくれた。
「そんなくだらない理由で、ずっと我慢してたのか?」
「う……お、おまえにはくだらなくても、俺には真剣な問題だ! おまえ最近、変わったし!!」
「変わった? どこがだ?」
「なんか誘ってきたりとか……前はそんなこと、絶対にしなかったのに……」
「俺がおまえを誘ったら悪いのか?」
 そう尋ねられて、俺は言葉に詰まった。同時に忍が俺の言葉を肯定したことにも、少しばかり驚愕した。
「で、でもおまえ、エッチにはずっと淡白だったじゃん……。なのに何で、急に……」
 高校時代から、俺から求めない限りは絶対にしなかったし、いざするとなっていも嫌々なコトが多くて、だから俺はずっと、忍は無理に俺に合わせてるんだと思っていた。
「自分にだけ性欲があると思ったら、大間違いだ」
 忍はまっすぐに俺を見つめて言う。その言葉に、俺は少なからず驚愕した。
「俺だって男だ。したいと思うことくらい普通にある。それがおまえなら……なおさら」
 意思の強い、まっすぐな瞳。
 何故だろう、いやに胸の鼓動が高まる。
 ああ……やっぱり、変わった……な、おまえ。
「おまえだから、誘うんだ」
 頬に忍の細く長い指先が触れて、艶のある瞳が俺を見据えて、ズキンと胸が疼いて。
 どうしようもなく抱きしめたくなって、俺は忍の身体を抱き寄せて、形の良い唇に自分の唇を重ねた。
 そうしたら、泣きたいくらい感情が高まって、触れ合えなかったぶんを取り戻すように熱いキスを繰り返す。
「どうしよう……今すぐ、抱きたい……」
「抱けよ、今すぐ俺を満足させろ」
 頬に触れる指先が熱くて、俺はもう一度その身体を抱き寄せた。
 
 
 ……で、さすがにその場で押し倒すわけにもいかず、一番近場のラブホテルに駆け込み、現在に至るわけだが。
 なんつーかこう、いったん冷静になってしまうと、どう切り出していいものか分からず。
 時間も限られてるわけだし、暢気にコーヒーすすってる場合でもないよなとか思ってると、ふと忍が上着を脱ぎ捨ててシャツのボタンを開き、ベッドに腰掛ける俺の足元に膝をついた。
「し、忍……?」
「溜まってるんだろう? 一度出しとかないと、後が思いやられるからな」
 そう言うと、俺のズボンのジッパーを下ろし、慣れた手つきで俺のものを両手で包み込む。
 後が思いやられるって……さすがに、よく分かっていらっしゃる。
 それにしても、何でこうさっきから、ずっと忍に主導権握られちゃってるんだ?
 なんか違う。凄く違う。嬉しいけど違う……気がする。
「……ん……っ」
 しかもやっぱり巧いし~!!!
 一週間以上我慢してたぶんもあって、凄まじく激しい快楽のあまり我を見失い、忍の頭を掴んで引き寄せ奥まで押し込むと、忍は苦しげに目を閉じて咄嗟に口を離した。
「あ……悪ぃ!」
 睨みつけられてすぐに謝ると、忍は目を伏せて、今度は舌先で先端をくすぐるように舐める。そうして右手で俺のものを握りながら、裏筋に舌を這わせた。
 赤い舌先と、伏せた長い睫。薄紅色の唇が俺のものを包み込む。赤みのさした頬が懸命さを顕著に表している。
 やべぇって……マジで。
「も……出る……っ」
 絶頂の波にのまれ思わず身を退くと、忍も咄嗟に目を閉じて身を退いた。
 ……が。
「ご、ごめんっ!!!」
 全然ちっとも、そーいうつもりではなかったのだけど、しっかり顔にかかってしまって、慌てて謝るもののやっぱり睨みつけられた。
 それでもその姿はあまりにも淫らで、俺はたまらなくなって忍の身体を引き寄せてベッドの上に押し倒す。けれど忍は相変わらず俺を睨みつけるように見据えると、俺の身体を押しのけて立ち上がった。
「先にシャワー、浴びてくる」
「俺も一緒に入る!!」
 咄嗟に俺は忍の腕を掴んで引きとめた。しかし忍は一瞬間を置いて、
「……おとなしく待ってろ」
 半ば呆れたような声をあげた。
「待てるかっ!!!」
 俺はすかさずそう言うと、忍の腕を引っ張ってバスルームに飛び込んだ。
 そして即効で忍の服を脱がせて、俺も即効で服を脱ぎ捨てて、風呂場に入っていく。
「光流、何考えて……っ」
「そりゃもう、すっげーエロエロな事?」
 俺はニヤリと笑って、戸惑う忍にそう言った。
 だって、もう無理。もう限界。これ以上我慢したら、本気で何するか分からない。でも忍が痛がるようなことは絶対したくないし、だったらもう、別の方向で攻めていくしかないだろ!!
「忍もしたかったんだろ? だったら、これ以上なくエロいこと、しようぜ?」
「何を……するつもりだ?」
「おまえが自分忘れるくらいに、俺がそうさせてやる」
 かなり不安げな顔つきになる忍の耳元に、俺は自信たっぷりにそう囁いた。
 
 
「ん……ん……っ」
「気持ちいいだろ? 忍」
 泡立てた石鹸をたっぷり手の平につけて、硬く尖っている両方の乳首を指先で撫でると、忍の身体がビクビクと小さく揺れる。
「ここだけでイッちゃいそう?」
 恥ずかしくてたまらないのか、目をぎゅっと閉じて身を捩って逃れようとするけれど、当然逃がしたりしない。腕を捕らえてタイルの上に押し倒すと、更に強く乳首を刺激する。既に忍のものは硬く反応を示しているけれど、そこにはまだ触れてやらない。
 今日はどこまでも、乱れさせてやる。
 それにはまず、快楽に没頭するには一番邪魔な、強固な自制心とやらを取り払ってやらないと。
「次、どこ洗って欲しい?」
 尋ねても、忍は決して口を開かない。まだまだ羞恥心の方が勝るのだろう。積極的になってきたとはいえ、こういうところは昔とまるで変わらない。でも実は、羞恥心を煽るほどに快楽を感じる質であることは、もうとっくに知っている。
「言わないなら、俺の好きなように洗わせてもらうぜ?」
 ちょっと意地悪な口調でそう言うと、膝を折り曲げて秘部を露にし、入り口部分を泡のついた指でそっと撫でる。
「……んぁ……っ!」
 少し膝が震えている。しっかり感じている証拠だ。
 けれどすぐには強い刺激を与えず、乳首と秘部をやんわりと指で撫で続けると、忍はもう我慢できない様子で目に涙を滲ませた。
「や……もう……やめ……てくれ……っ」
「でもちゃんと、綺麗に洗わないと。中の方もしっかりと、な?」
「あ…………っ」
 ヌルリと音をたてて、忍の肉が俺の指に絡みついた。
 熱い内部を指で掻き回すと、そこは音をたてて歓喜の声をあげる。
「嫌だ……っ、嫌……!!」
 今にも泣き出しそうなその声に、さすがにちょっと苛めすぎたかなと思って、もう限界を見せはじめている性器を空いた手で握り締める。先端を親指で撫でながら上下に扱くと、忍の内部が俺の指を強く締め付けてくる。
「あ……あぁ……っ、ぁ……っ!!」
 だいぶ乱れちゃってますね~、忍くん。
 でもまだまだ、こんなものではないハズ。俺に負けないくらい性欲あるっていうなら、それを全部、見せてもらわないと。
「イく時は、イくって言ってみな?」
 俺は愛撫の手を中断して、忍の耳元に囁いた。
 忍は嫌だというように首を横に振る。
 まだまだ捨てきれてないな~。ほんと自制心が高いというか、素直じゃないというか、照れ屋というか恥ずかしがりというか。まあそこが可愛いっちゃ可愛いんだけど、ここはやっぱり、ちゃんと言わすとこから始めないと。
「言わないならイかせねーぞ。それとも自分で何とかする? それでも、いいけど」
 やや高圧的に言って、忍の手を自分のものに触れさせてやると、忍は咄嗟に俺の手を振り払った。
「ほら、言ってみな? イきてーんだろ?」
 もう一度、指と手を同時に動かす。ビクンと大きく忍の身体が震えた。
「んっ……い、イ………っ……」
 耳にやっと届くか届かないかの、擦れる声。
 まだ、これで精一杯か。先が思いやられる。
 でもまあ、ちゃんと言えたので、約束通り。
「ん……あぁ……っ!」
 一際大きく音をたてて、前と後ろに同時に激しく刺激を与えてやると、忍の顔が快楽に喘いで精を解き放った。
 達した後もしばらく愛撫を続けていると、ビクビクと身体が震える。俺はその身体を抱きしめて、潤んだ瞳にそっと唇を寄せた。ハァハァと苦しげに息を乱す姿が、たまらなく色っぽい。すぐにでも繋がりたくなるけど、そこは我慢。
 俺は忍と逆に、自制心って奴、養わないとな。
 
 
 よっっぽど恥ずかしかったのか、忍は早くもヤル気が失せたみたいだけど、俺は諦めずに忍に自分の気持ちを訴えた。
「一回でいいから、理性ってもん吹き飛ばしてみろよ? なんも恥ずかしい事なんて、ないんだからさ」
 拗ねて俺に背中を向ける忍を背後から抱きしめて、俺は出来る限り優しさをもってそう囁いた。
 ここでからかったり強制したりしたら、忍はすぐに頑なになってしまう。身体もだけど、何よりも一番、心を開いて欲しい。理性も何もかも吹き飛ぶくらい、俺のこと求めてるって、教えて欲しいから。
「おまえの感じてる顔、見たい。気持ちよさそうなとこ見れたら、すっげぇ嬉しい。だから……見せてくれよ。もう絶対、嫌がる事はしないから」
「……信用できるか」
「約束する! 絶対! おまえが求める事しかしない!」
 やっぱ信用ねーなー……っても、当たり前か。今までが最低すぎたもんなぁ。
「だから……求めて? おまえが本当に俺と、したいなら」
「そういう言い方が卑怯だ!」
 忍が突然強い口調でそう言ったかと思うと、振り返った途端に自ら唇を重ねてきた。
 絡んでくる舌。求めてくる熱。思わず戸惑うほどに。
「責任……とれよ。俺をこんな風にしたのは、おまえなんだからな」 
 熱っぽい瞳が、まっすぐに俺を見つめてくる。
 それは、合図?
 全部、俺に見せてくれるって、そう思って、いいのか……?
「うん」
 俺は忍の頬に手を当てると、赤みを帯びている唇にキスをしながら、忍の首筋をそっと撫でていた手をゆっくりバスローブの中に潜りこませる。
 咥内に舌を差し込み乳首に指を這わせると、薄く開かれた忍の瞳が、徐々に色を増していく。
 艶っぽい瞳。熱く絡まってくる舌。俺の愛撫に素直に反応を示す、傷一つない白い裸体。壮絶に欲情を煽られる。
 
 いつの間にか、俺を遥かに追い越して、どんどん大人になっていく忍に、俺はただ戸惑うばかりだ。
 戸惑いながら、強く願う。
 まるで蛹が蝶になるように、日ごと艶やかに変化していくおまえを、いつも一番近くで見ていたい。
 だから見せてくれ。
 何もかも全て曝け出して、他の誰にも見せない顔を、俺だけに。

「みつ……る……っ、もっと……っ」
「もっと? なに?」
「そこ……て……」
「舐めて?」
「ん……っ」
 恥じらいながらも頷く姿がたまらなく色っぽくて、俺は言われるまま、忍の昂ぶりを舌で愛撫する。ピクンと小さく忍の体が震えて、肌が赤みを帯びていく。少し逃げ腰になって身を捩る忍の足を押さえつけるように広げさせ、そのまま忍の感じる部分を集中的に攻めていく。
「あ……も……っ」
 限界を感じてるのを見計らって、舌での愛撫を止めた。忍の顔のそばに左手をついて、右手で忍の自身を緩やかに上下に扱く。
「イく時は、言えよ?」
「ん……っ、イ……く……っ」
 懸命に呼吸を繰り返しながら、高めの声を発する。俺は忍の目元にそっと口付けた。
「すっげぇ、いい顔してるぜ、忍」
「あっ、あ……!!」
 強く刺激を与えてやると、しっかり閉じた忍の目尻にわずかに涙が滲んで大きく体が震えて、俺の手の平に快楽の証が解き放たれた。間髪入れずに、俺は忍の精液で濡れた指を忍の中に押し入れ、奥の性感帯を刺激する。忍が呼吸もままならない様子で悶えるけれど、構わず中を刺激し続けると、喘ぐ忍の口元から唾液が流れ顎を伝った。
「も……やめ……っ」
「んじゃ、俺の上、乗って?」
 指を引き抜くと、忍は息を乱し躊躇いながらも、俺の上に体を移動させる。
「そーじゃなくて、逆!」
「それは……嫌だ」
「なんで~?」
 本気で嫌そうな顔をする忍に、俺は不満を顕わにして口を尖らせた。
 前にもやったことあるのに。ってもあの時は、半ば無理やりだったけど。
「一緒に気持ちよくなろうぜ?」
 でも、もう絶対に無理強いはしないと決めたので、一応、確認。
 そうしたら忍は、やっぱり戸惑い恥らいながらも、おずおずと体を反対向きにして俺の上に跨り、早々に俺のものを口の中に含んだ。
 目の前の双丘を両手で掴んで広げ、露になった秘部に舌を這わせると、忍の体が小さく跳ねて、一瞬口の動きが止まった。構わず充分に濡らしてから、再度指を挿入させる。ぐちゅぐちゅと濡れた音が響き渡る。
「は……ぁ……ぁ……っ」
 完全に忍の口が止まって、かわりに切なげな喘ぎ声が漏れる。
 うーん……これじゃこの体制にした意味ねぇんだけど、まぁいいか。めちゃくちゃ感じてるし、たまらなくエロいし。
「光流……っ……もう……っ」
「んー? もう、何?」
「分かってる……だろ……っ!」
「分かんねぇ。ちゃんと、言えよ。今日はおまえが求める事しかしないって言っただろ?」
 指を挿入させたまま忍の下からすり抜け、シーツの上に膝をついて愛撫を続ける。忍は四つん這いの姿勢のまま涙に濡れた瞳で俺を睨みつけてきて、俺は思わず苦笑した。
 意地悪してるわけじゃないんだけどなぁ、別に。でもやっぱ、言ってほしいじゃん?
「ほら、言えって。何か欲しいものがあるんだろ?」
 もう膝を立てているのも辛いようなので、仰向けに体制を変えてやり、膝を折り曲げて思い切り足を開かせる。忍の何もかもが露見され、そのあまりに淫らな体制に興奮が駆け巡る。
「ここまで晒しといて、いまさら恥ずかしいもねえだろ? ぶっ飛んでみせろよ、思いっきり」
 更に指の動きを激しくし、同時に前も刺激して乳首にも舌を這わせると、忍は耐え切れないように首を振った。
「や……っ、早く……!」
「何が欲しい?」
 耳元で囁きながら、忍の入り口に自分のものを押し当てる。でもすぐには入れてやらない。
「光流が……欲し……い……っ」
 泣き声の混じったゾクゾクするような声が俺の耳元で響いて、俺ももう自制心の限界を感じながら囁いた。
「俺も……早くおまえが、欲しい」
 目元を伝う涙に口付けて、ゆっくりと忍の中に沈みこんでいく。欲しがってヒクついていたそこは、容易に俺を受け入れていく。熱い感触に耐え切れず、思い切り腰を突き上げると、忍の手が俺の腕を強く掴んだ。
「あっ! ハァ……、あ……っ!!」
 強く忍の体を抱きしめながら、何度も奥まで突き上げる。
 何もかも一つに混ざり合うような激しい快楽が、どこまでも俺たちを翻弄させる。
「好き……だよ……っ、忍……っ」
 愛しさをこらえきれず、耳元に囁き、頬や額にキスを繰り返すと、忍は俺にしがみつくように抱きついて、背中に爪をたてた。
「あ……ぁ……っ、……もぉ……イくっ……!」
 完全に我を忘れて快楽に没頭する忍は、あまりに淫らで艶やかで、色っぽくて、綺麗で、どこまでも感じさせてやりたくなる。
 もっと狂わせてやりたい。快楽に乱れさせて、喘がせたい。
 俺の腕の中で、何もかも忘れて、俺のことだけ考えて。
 そう……俺のことだけ、考えろ。
「し……のぶ……っ……」
 壊れるほどに強く抱きしめて、俺もまた忍のことだけを想いながら、快楽に没頭する。
 津波のように押し寄せてくる熱。
 今までのセックスは何だったんだろうと思うくらいに、凄まじい快楽。
 俺の腕の中で喘ぐ忍が、どうしようもなく愛しくてたまらない。
 忍も俺と同じように感じてくれていることが、泣きたくなるくらいに嬉しい。
「だめ……っ、イく……っ、イくぅ……っ……!!」
 何も隠すことなく乱れる忍を強く抱きしめて、何度もその身体の奥深くまで侵入していく。
 俺ももう頭の中が真っ白で、何がなんだか分からなくなるくらいの熱に限界を感じて、その証を放ったその時だった。
 腕の中の忍がガクッと力を失くし、目を閉じてぐったりと意識を失った。
「し……忍っ!? おいっ、大丈夫か!?」
 慌ててペチペチと頬をはたくと、忍はすぐに意識を取り戻してゆっくり目を開いた。
 蒸気した頬と濡れた瞳はまだ充分に快楽の余韻を残していて、当人も何が何だか分かっていない様子で、俺は思わず苦笑した。
「イきまくっちゃった?」
「ん……」
 これ以上ないくらい色っぽいその姿に、俺はたまらず強くその体を抱きしめた。
「今まででサイコーに、良かった!!」
 そうしたら、忍も俺の背に腕を回して、ぎゅっと抱きついてきて。
 初めて一つになれたような気がして、これ以上ないくらいの幸福感に包まれて。目頭が熱くなるのを感じながら、ただ強く強く忍を抱きしめた。
 
 
「えっち、これからは好きになれそう?」
 ベッドの上で寝転がりながら、何気なく尋ねてみる。
「別に元々、嫌いってわけじゃないぞ」
 あくまで平静に言った忍に、俺は少なからず驚愕した。
「えっ、そうなのか!?」
「なんだ、その意外そうな顔は」
 忍が目をすわらせる。
「だって前は、嫌がってばっかだったじゃねーか!!」
 特に高校時代なんて、俺が誘わなきゃ絶対にしなかったし、週に一度だけでも嫌がることの方が多かったのに、その言葉はかなり意外だぞ。
 眉をしかめる俺に、忍はふと目つきを鋭くして、俺の首に手をかけてきた。
「それはお前が、まだ慣れてない俺を縛って身動きとれなくした上、無理やり咥えさせて顔射した挙句にたいした前戯もなしにツッコ……」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!!!」
 ギリギリと首を締め上げられ、俺は即効で侘びを入れた。
 ああああ……これも俺の影響なのか、忍くんが口まで下品になってきてる~~!!!
「反省しろ」
「はい……反省します」
 改めて言われてみると、つくづく最低だ、俺。ほんとごめんなさいとしか言い様がない。
「これからは絶対、大事にする。だから、いっぱいエッチしようぜ?」
「……仕方ないな、付き合ってやるよ」
 忍は綺麗に微笑んでそう言った。
 同時に、首に腕を回されて引き寄せられる。
 もう何度したかしれないキス。
 なのに今、初めてするかのように、目の前が涙で滲む。
 愛してる。
 今、切実に、そう思う。
 
 ずっと、こんな日を待っていたような気がする。
 これまで俺は、どんなに人に愛されても、同じようにそれを返せずにいた。
 どこかで頑なにそれを拒んでいた。
 そのことが、ずっと辛くて、でもその辛さにさえ、自分では気づいていなかったように思う。
 そんな、誰のことも本当には愛せなかった俺に、おまえが教えてくれた、この気持ち。
 心の底から大切に想い、全てを受け入れ、全てを与えられる、満たさればかりの幸福感。
 ずっと……これからはずっと、愛せるんだ。

「光流……?」
 溢れてくる感情のままに流れる涙が、嬉しい。
 隠しもせずに涙を流す俺の頬を包み込む、優しい指。
 その指に自分の指を重ねて、俺はもう一度、忍の唇に自分の唇を重ねた。
 俺の全てを満たしてくれる愛情と共に、幸福だけを感じながら。
 
 
 
「んな胸元開いた服着んなっ!! こっち着ろ、こっち!!」
「……うるさいっ!!」
 いいかげんにしろとばかりに睨みつけられ、俺は思わず怯んだけれど、やっぱり心配なものは心配なわけで。
 自分でも過剰なのは分かってるけど、こればかりはどうしても抑えきれない。
「いいから着替えろっ!!」
「そんな時間ねぇよ……っ!!」
「その言葉遣いもやめろっ!!」
「おまえに指図される覚えはない……っ!!」」
 あくまで着替えることを拒む忍の上着を、かなり強引に脱がせると、忍は鋭い目で俺を睨みつけてくる。
 しかしやがて諦めたかのように、深くため息をついた。
「さっさと着せろ。時間が無い」
 呆れられても、当然、俺は諦めない。
 シャツを着せてやり、ボタンをとめてやる。一番上のボタンを留める前に、思いついて、俺は忍の首筋に唇を寄せた。
「なんでいちいちキスマークつけるんだ……っ、おまえは……っ」
 またしても怒りで忍の肩が震えた。
「愛してるから!!」
「理由になるかっ!!」
「なる!!」
 キッパリそう言い切ると、俺は忍の襟元を掴んで引き寄せ、唇にキスをした。
「おまえは俺のもんだ」
 離した唇に、もう一度、唇が重なってくる。
「同じ台詞、そっくりそのまま返してやるよ」
 意思の強い切れ長の瞳が俺の目をまっすぐに見つめてきて、今度は同時に唇を重ね合わせた。
 
 きっともう二度と、俺たちは躊躇わない。
 
 まっすぐに、おまえだけを愛することを。