ちょこっとLOVE


 珍しく訪問者もなく、特にこれといってする事もない、とある日の就寝前の時刻。
 ベッドの上に寝転んで同級生に借りたばかりの漫画を読んでいた光流の耳に、突然、ガタンッ!!と大きな音が届いて、光流はガバッと上体を起こした。
「……何やってんの? おまえ」
 何事かと思えば、机に向かって本を読んでいた忍が、なぜか床の上に倒れこんでいる。
光流は怪訝そうに眉をしかめて尋ねると、はしごを伝って上段のベッドから降り、忍のもとに歩み寄った。
「いや……別に何でもない」
 忍は床の上に座り込んだまま、無表情に言い放った。
 しかしどこか不服そうなその様子に、光流は何かピンときた様子だ。
「もしかして椅子から転げ落ちたのか?」
 どうやら、もしかしなくてもそのようで、おそらく椅子に座って背を反らせたか何かして、バランスを崩して椅子ごと床に倒れこんだのだろう。
 滅多に見られない忍の失態ぶりに、思わず光流はプッと吹き出す。
 忍が明らかにムッとした表情で光流を睨みつけた。
「うわ、見たかった今の! もっかいやってくんねぇ?」
 心の底から面白がっている光流に、忍は不覚をとったと言わんばかりに肩を震わせるが、光流はこらえきれないように笑い始めた。
「笑うな」
「ご、ごめ……っ、大丈夫かぁ~!?」
 そう言いながら全く心配などしていないようにバカ笑いをする光流に、忍はますます肩を震わせた。
「笑うなっ!!!」
 腹立つ以外の何ものでもない光流の笑いっぷりに、忍はいいかげんにしろとばかりに声を張り上げる。
「わーったって、もう笑わ……ぶっ!!!」
 いったい何がそこまで可笑しいのか、まだ笑いを抑えられない光流に、忍は本気で悔しそうな顔をする。少しでも失態を見せようものなら、光流はいつもこうだ。
 かといって大人げなく怒るわけにもいかず、ただひたすらこの屈辱の時が経過するのを待つしかない忍は、光流といる時ほど気を張っていけなければならないのにと、毎回思う。しかしそこはいくら忍といえども、24時間一緒にいれば気が緩む時だって当然あるわけで。
「ごめんって。 で、どこ打ったんだ? 頭?」
 怒りはしないが完全に機嫌を損ねた様子の忍に、光流は涙目になった目をこすりながら、ようやく笑うのを止めて忍の頭に手を伸ばした。
「あ、ちょっとたんこぶ出来てんじゃん。相当強く打っただろ? 気をつけろよ~?」
 心配する光流の手をうるさそうに振り払って、忍は光流から顔を背けた。
「んな拗ねんなって~。今、氷持ってきてやっから」
「いらん。このくらい何でもない」
「はいはい、ちょっと待ってろよ」
 忍の言葉などまるで聞いてない光流は、そう言うと立ち上がって部屋を出て行った。
 
 
 数分後、光流が氷を包んだタオルを持って部屋に戻ると、忍は自分のベッドに横になって布団をかぶっていた。
「忍~、ほら、頭冷やしてやっから」
「……」
「まだ拗ねてんの? 悪かったって、もう笑わないから」
 光流は苦笑しながら、先ほど確認したたんこぶの辺りに、冷えたタオルを当ててやる。
 忍はそのヒヤリとした感覚に一瞬目を閉じて、ジロリと光流を睨みつけた。
「も~、なんで怒るかなあ? いいじゃねーか、笑われたって」
「……おまえなんか嫌いだ」
「俺は好き」
 光流は穏やかな声でそう言うと、忍の頬に唇を寄せる。
「好きだから、笑うんじゃん」
「嘘だ、からかってるだけのクセに」
「違うって」
「何が……」
 違うんだと、言おうとした唇を、咄嗟に塞がれる。
「好きだよ、忍」
 唇が離れたと同時にそう言った、光流の茶色い瞳があんまり優しくて。
 結局、光流が笑う意味は分からないまま、もう一度重なってくる唇の温かさが酷く心地よくて、忍は静かに睫毛を伏せた。