新婚さん、いらっしゃい
お料理編
<光流の場合>
「出来たぞ~!!」
食卓に、光流の手料理が並んだ。
実家を出るさい、母親がまるで花嫁修業のごとく念入りに家事全般を教えたおかげで、料理の基礎はバッチリだ。もともと手先も器用なので、包丁さばきも見事なものである。
そんな光流が食卓に並べたものは、炊き込みご飯とみそ煮込みうどんとマカロニサラダ。
「……何でおまえの料理は炭水化物ばかりなんだ?」
忍がうんざりしたように言った。
確かに味は悪くない。悪くないが、もう少しバランスというものを考えろと言いたいようだ。
「ちゃんとうどんに肉と野菜も入ってるじゃんかよ」
「なら普通に豚汁でいいだろう」
「それじゃ足りねーって」
「太るぞ」
「俺はおまえが相撲取り並みに太っても愛せるけど?」
「俺は愛せない」
「ひどーいっ!!!」
「肥えるなよ?」
にっこり微笑む忍であった。
<忍の場合>
「お、今日は何作るんだ~?」
毎回きっちりエプロンをつけて台所に立つ忍に、光流が後ろから腕を回して抱きつき、まな板を覗き込む。
「邪魔だ。鬱陶しい」
「何コレ?」
ふとまな板の横にある、鍋いっぱいの水につけてある大豆を見て、光流が尋ねた。
「豆腐の材料」
「すげー!! 豆腐って作れんだ?!」
「当然」
忍はふっと笑って自信たっぷりに言うと、豆をミキサーにかけ鍋にうつし火にかけ、ふきんでこして絞った豆乳ににがりを入れ、あっという間に豆腐を作り上げてしまった。
「す、すげぇぇぇぇ!!!」
光流はただただ感動する。
しかしそれだけではなく、今度は小麦粉と水を用意し始める。
「すげー!!!! ラーメンまで手作り?! おお!! 餃子の皮まで!! おまえ一体どこの職人だ??!!」
華麗なまでの麺さばきは、もはや器用といったレベルではない。
そんな忍が食卓に並べたものは、ラーメンと麻婆豆腐と餃子。
「いや、すげー美味いんだけどさぁ」
光流はガツガツと平らげながらも、どこか不満げな様子。
「なんでここまで手作りして、スープはインスタントラーメンのもん? 麻婆豆腐の素使うんだ? 餃子にいたっては肉だけしか入ってねーじゃん!!」
「やっぱり料理はむいてないな」
「途中で面倒になっただけだろ!! 最初から普通に作れよ普通に!!」
「それじゃつまらないだろう」
「料理はつまるつまらないの問題じゃなくて、愛情です。俺はインスタントじゃなくて、おまえの味が良いの!!」
「いつも飲んでるじゃないか」
「ぶっ!!」
「光流……汚い……」
「言うねえ、忍君。じゃ~今日もたっぷり飲ませていただきますよ~」
「おまえのもな」
にっこり微笑む忍であった。
帰宅編
<忍の場合>
午前1時半。まだ忍が帰らない。
こんなに遅くなるのは初めてだ。
まさかどこかで事故にでも……いや、あの忍に限ってあり得ない。しかし、遅い、遅すぎる。
いいかげん探しにでも行こうかと思ったその時、玄関のドアがカチャリと開いた。
「忍っ、どこに行ってたんだ?!」
部屋にあがるなり物凄い形相で詰め寄ってくる光流に、忍はきょとんと目を見開く。
「大学の連中と飲みに行ってただけだ」
「こんな時間までか? どこのどいつとだ?!」
「誰でもいいだろう。何でおまえにいちいち詮索されないとならないんだ」
鬱陶しそうに言ってその場を逃れようとする忍の腕を、光流が捕らえる。
「心配してるんだ、俺は。夜道で何かあったらどうするんだ?!」
「女じゃあるまいし、襲われるわけないだろう俺が」
「俺は襲う!!!」
きっぱり言い切る光流に、忍はわなわなと肩を震わせた。
光流の心配性は解っているつもりだったが、それにしてもほどがあるというものだ。
「とにかく!! どんなに遅くても0時までには帰って来い!! それ過ぎたら締め出すかんな!!」
ビシッと言い切る光流を、しかし忍は怯まず睨みつけた。
嫁入り前の娘じゃあるまいし、門限なんて冗談ではない。
「だったら外泊するまでだ」
「忍」
光流の声が低くなり、忍が顔を向けると、じっと鋭い視線で見据えられる。
しばらく睨み合いの攻防戦が続いた。こうなると先に目を反らした方が負けだ。
けれどその無言の圧力に、忍が耐えられるはずもなかった。
「……だったら……っ」
先に目を反らして、拗ねたように口を開く。
「電話するから、すぐ迎えに来い……っ!」
ぶっきらぼうな口調。
光流は口の端をあげて、微笑んだ。
そしてそっと、忍の体を抱きしめる。
「うん、どこにでも、すぐに迎えに行く」
<光流の場合>
午前2時過ぎ。すっかり遅くなってしまった時刻に、光流は急ぎ足で家にむかった。
きっと忍は怒っているに違いない。
人に門限まで決めておいて、自分はこんな時間まで連絡一つよこさず何をしているのかと、もう何度怒られたか知れないのだが、どうせすぐ許してくれるからと甘えてしまっている自分がいる。
いい加減、反省しないと。
そう思いながら、今日も怒られる覚悟をしつつ、恐る恐るドアを開く。
「おかえり、光流」
しかし意外にも、忍は穏やかな笑みを浮かべて光流を出迎えた。
「風呂に入るか? それとも腹減ってないか? 夜食、あるぞ」
「え……あ……じゃあ、風呂に……」
あまりにご機嫌な忍を前に、逆に怖すぎる!!とビクビクしながらも、既に沸かされてあった風呂に入り、用意されていたパジャマを着て部屋に戻ると、忍は机に頬づえをつきながらテレビを見ていた。
「あの……怒ってないんですか……?」
光流は傍らに正座すると、おずおずと忍に尋ねた。
「何がだ?」
相変わらず微笑みながら、しかし目線は合わさない忍に、明らかに負のオーラを感じる。
「ごめんなさい!! バイトで交代の人がどうしても来れなくて帰れなくて!! ほんっとごめんなさい!!」
「そんなこと……仕方ないだろう? 大丈夫、何も怒ってないよ。ただ……説明してくれないか?」
「え……?」
「これは何だ?」
顔をあげた光流の前に、忍が微笑みながら差し出したのは、一枚の写真だった。
明らかに酔った様子の光流と、胸の谷間をがっつり強調させた女性が思いっきりキスをしているその写真に、光流の顔が一瞬にして青ざめる。
「こ……これはっ、違うんだ!! どうしても人数足りないからって無理矢理コンパに連れて行かれて!! これは単なる王様ゲームで、この後乳揉んだりしたとかそんな事は絶対にな……」
「今から実家に帰る」
「忍~~~っ!!!!!!」
お目覚め編
<光流の場合>
「朝だぞ、起きろ」
げしっと足で叩き起こされ、光流はまだ眠そうに目をこすりながら体を起こした。
「うあ~、眠ぃ……」
昨夜も遅くまでバイトしていたせいで、すっかり寝不足だ。
今日の食事当番は忍の番。朝は和食派な忍の作った味噌汁の良い香りが、部屋中に漂っている。
「おはよっ」
エプロン姿で味噌汁の味見をしている忍に、光流がそっと後ろから抱き付く。
「ねーねー、今度、裸エプロンしてみて?」
「……刺すぞ」
「冗談ですって!!」
そう言いながらも、光流はかなり残念そうな様子。
朝から何を言い出すのかと、忍が憤慨しながらネギを切っていると、不意に指先に痛みが走った。
「……っ……」
人差し指に血が滲む。
きちんと手元を見ていなかったせいだ。自分としたことが、不覚をとったと眉をしかめた。
「忍、切ったのか?!」
いきなり、光流が忍の手を捕らえたと思うと、血の滲む忍の指を口に含んだ。
「うっわ~、痛そ~。今、絆創膏持ってきてやるからな」
慌てて救急箱にむかって駆け出したせいで、机に思いっきり足をぶつけて顔を歪める。狭い家なんだから、もっと落ち着いて行動しろと、いつも言っているのに。
「よし、これで大丈夫。あとは俺がやっから、そっちで待っとけ」
手当てを終えると、光流はそう言って、切りかけのネギを刻み始めた。
「光流……」
「ん?」
「……よ、夜なら……してやってもいいぞ」
「え? 何を?」
「だから……えぷろん……」
「マジで?!」
「で、電気消してだぞ……っ」
「それじゃ見えないじゃん!! あ、でもいい!! やるやる!! 絶対やる~!!!もう今日はバイト休むわ俺!!!」
「やっぱりやめる!!」
「だめっ、今言っただろ!!! 絶っっ対やるかんな!!??」
二人とも、味噌汁が煮えたぎっていることには、どうやら気づいていない様子。
<忍の場合>
「忍君、朝ですよ~?」
傍らで眠る忍に、光流はそっと声をかけるが、忍が眼を覚ます気配はない。
いつも必ず自分より早く起きているのに、珍しい、と光流は思う。
それとも昨夜、激しくしすぎたせいだろうか。
だって念願の裸エプロン、まさか本当にしてくれるなんて思わなかったし。あまりにエロすぎたし。可愛 すぎたし。おかげでもう止まらない状態だったし。
昨夜の姿を思い出して、またも鼻血を吹きそうな興奮に襲われ、光流は顔を洗うために起き上がった。
顔を洗い歯を磨いて、まだパジャマのまま、台所に立つ。
今日の食事当番は光流の番。朝はパン派の光流は、目玉焼きを焼くため、冷蔵庫から卵を取り出す。
器用に片手で卵を割って目玉焼きを作り、ソーセージを焼いてトマトを切って、コーヒーの準備をして、それでもまだ忍が起きてくる気配はなかった。そろそろ起きて食べないと、大学に遅刻する。
「忍、起きろ~」
そっと肩を揺らすと、忍はうっすらと目を開いた。
「おはよ」
頬にキスをすると、忍はまだ覚醒しきってないとろんとした目で光流を見たかと思うと、その首に腕を回して抱きついた。
「し、忍……?」
猫みたいにすりついて来る、あまりにも珍しいその姿に、光流は動揺を隠せない様子だ。
「あの……こーいうことされると……ヤバいんだけど……」
もう耐え切れず、忍の体を抱きしめようとした途端、忍はするっと光流の体をすり抜けて立ち上がった。
「もうこんな時間?! バカ、早く起こせよ!!」
いつの間にか覚醒したらしい。途端、いつもの調子に戻って、忍は着替えようとパジャマのボタンに手をかける。
しかし光流にその手を止められた。そして起きたばかりの布団の上に押し倒される。
「な……にを……っ」
「挑発したのはそっちだろ」
「そんなの記憶にない」
「俺も知らなかったな~。忍君てば、朝は甘えん坊になるんだ?」
からかうような光流の言葉に、忍の顔がわずかに赤く染まる。
「頑張って、明日から早く起きよっかな」
「いいからどけっ! 遅れる!!」
「いいじゃん、たまには休んじまおう」
「みつ……っ」
そして今日も、二人の朝が始まります。
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