そこに在る未来
―好きだ、光流。 ―うん、俺も。大好きだよ、忍。 何度目か分からない告白をくすくすと笑いあう。 そっとやわらかく髪をなでる。 ―・・・でも、だけど、いつかは。 「忍・・・」 手を伸ばし、そっと頬にふれる。いとおしげに。切なげに。 二人でいられることの偶然。出会えたことの奇跡。 今ここにいるだけで。それだけでも十分なのに、それでも。 光流の顔がわずかに曇る。 「どうした?」 「・・・ううん」 静かに視線を伏せて首を軽く振る。 言いたくない。心配させたくない。こんな、女々しいこと。 そんな光流をもの問いたげにじっと見つめていた忍が、 何かを決心したように、ふうっとため息をついた。 「・・・光流」 「なに?」 忍は答えずにいきなりぐい、と光流を引き寄せた。 そのまま噛み付くように胸元に口付ける。 「あっ・・・?」 キスマークを残したかと思うと、すっと顔を離して 今度は正面から光流を見つめ、ふわりと微笑んだ。 「しの・・・ぶ?」 光流が呆然と名を呼ぶ。 今まで、忍から何かをしかけてきたことなどほとんどなかったからだ。 突然のアクションに、頭がついていかない。 半ばパニックしている光流に、忍は静かに口を開いた。 「光流。俺は、お前と共に在りたい」 「忍・・・?」 「ずっと。何があっても。お前以上の未来は俺にはないから」 「えっ」 「お前に出会えて、そして、愛されて・・・ 俺は初めて自分に感情を感じた。これが「幸せ」なんだと知った。 そんなものを自分が感じる日が来るとは思えなかったが」 「だって、忍、お前・・・お前の未来って・・・・」 「お前が、俺の望む未来だ」 言い切って微笑んだ忍の瞳は澄んでいた。その透明さに言葉を失う。 そのまま身動きもできずにいると、そっと抱きしめられた。 耳元で静かな声が言葉をつむぐ。 「光流・・・好きだ。お前のいない世界など、俺は何の未練もない」 ありがとう、と静かに額にキスをされる。 そして静かに繰り返される抱擁。 「俺は、お前に甘えていたから・・・ お前にはかなわない、と思ってもいたからな。 何も言わなくても全部、見すかされている気がして。 まさかお前が不安になる理由が自分だなどとは、思いもしなかった」 言いながら、苦笑する気配。 「自分が愛されていることの意味が、分からなかったんだ」 あまりの言葉に、声が出なかった。暖かい塊が、光流ののどにこみあげる。 「お前がなぜ、時折さびしそうな眼をするのか分からなかった。 それが、俺を見つめているときにだけ現れることに、やっと気づいたんだ」 そっと肩をつかまれ、身体が離れる。 真正面から静かに見据えられて、心臓が跳ねる。 忍はそんな光流をじっと見つめて、少し切なげに微笑んだ。 「俺は、自分の気持ちをきちんと言葉にして伝えなかったから・・・」 ――分かっているはずだと勝手に思い込んで。 ――お前はいつだって、言葉で伝えてくれたのに。 「忍・・・」 「だから、今言う。 『ずっとこのまま、隣に居させてくれないか?』」 「・・・っ」 それ以上の言葉を聴くのは、たまらなかった。 そっと腕を伸ばして、両手で頬を包む。 震える唇を寄せておずおずとキスをする。 ぬくもりを感じて、ゆっくりと眼を閉じた。 頬が、熱い。 それが、自分の涙であることに、やっと気づく。 まっすぐな忍の言葉が、思いがけなくも、嬉しかった。 嬉しすぎて、ただ、すがるようにその存在を確かめる。 抱きしめて、その肩に顔をうずめ、ありがとう、とつぶやいて。 そのまま、小さな声で忍の名を何度も繰り返しながら、 光流はずっと泣いていた。 「光流・・・」 忍は胸がつまる思いがした。 これほどまでに想われていたのだと、目眩すら覚える。 「すまなかったな・・・」 ぽつりとつぶやけば、いやいやをするように頭を振る光流。 その様子はますます、忍を切なくさせた。 「光流・・・」 言いながら眼を閉じてぎゅっと抱きしめる。 どうか伝わりますように。この思いが。 分かって欲しい。俺こそがお前を必要としていることを。 そばにいるから。望むだけ奪って構わないから。 だからどうか、お前が幸せでありますように。 そしてそこが、自分が共にいる世界でありますように。 忍は、光流に出会ってから初めて知った「祈り」が、 ふたたび静かに自分を満たしていくのを感じていた。 |
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