ビバハピ!



「しの。大丈夫?」
「・・・・ん。・・へいき」

ざわざわと色んな大人達がいそがしそうに走り回ってる、テレビスタジオのはしっこで。
半ズボンの足をなげだして、少しうつむいてるしのをひきよせて、おれは守るようにそっとだきしめた。
あせをいっぱいかいてるおでこがきゅうくつそうで、いそいでぼうしをぬがせてあげる。

「・・ありがと、みつる」
はあっと、少しだけほっととしたみたいに息をする、しのの頭が、ちょっとあっつくて。
しんぱいで、おれはむねがぎゅって痛くなった。

*
*

今日は、かあさんが、朝からお仕事で。
おれたちの──えっと、スチールさつえい、だっけ? それに、どうしてもいっしょに、来られなくて。

『へいきだよ、おれがついてるから、かあさんお仕事、がんばって!』って。
そういって、わらって。
おれにまかせてって、かあさんにやくそくしたのに。

・・全然ダメだ、おれ。
しの、つらそうで、泣きたくなる。

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*

──きっと、もうすぐ、かあさん、来てくれる。
だいじょうぶ、だいじょうぶって。
おまじないみたいに、いっしょうけんめいに。
おれが、しのにささやいたら。
しのが、ぽおっとした目で、それでもふんわり、わらってくれた。

「しの。かあさん、もうすぐ来るからな」
「・・・・ん。・・もう、すぐ。・・だいじょうぶ」
「しの・・」

──むねが、いたいよ。

何だか泣きそうになっちゃって。
そんなおれを感じたのか、ぼんやりとしたまま、しのが小首をかしげた。
「みつる・・? ・・そんな、ぎゅってしたら。おれの、カゼ・・うつる・・」
「うつしていいんだってば! おれと、しのは、ふたりでひとりだもん。だから、何でも、はんぶんこしよ?」
「・・・・。カゼは、はんぶんこ・・しない」
「いいの!」
むりやり、しのをおれのひざの上、寝かせてあげる。
そうしたら、ちらっとおれをみつめたしのが、『・・ごめん』ってつぶやく。

しのは、顔をおれのひざにうずめて。
そのまま、うとうとと眠りだした。

すうすうっていう、ねいきを聞いてたら。
おれも、なんだか・・眠くなってくる・・。

*
*

──多分、だけど。

かあさんの、おなかのなかに、いたころに。
おれと、しのが。
ふたりで、てをつないで、・・きいてた、・・音、は・・

こんな、おと・・だった、──かなあ・・。

*
*

「──忍!」
「ああ、光流か。よく抜け出せたな」
「お前こそ。今日は最終弁論の日だったんだろ?」
「しのが昨日の夕方くらいから、少し熱っぽかったからな。何が何でも最短時間で閉廷になるように、ぐうの音も出ないように昨夜は徹夜して最終弁論をぎちぎちに練り直して、法廷で叩きつけてやった。多分、この案件は俺の勝ちだ」
「・・さっすが俺の妻。惚れるなぁ・・」
「馬鹿。・・これ以上お前に惚れられたら、暑苦しくて仕方ない」

少し目の端を赤くした忍は、それ以上喋ることなく、つかつかとスタジオに入っていく。
忍の相変わらずの可愛さに、思わずデレた光流も、急いでその後に続く。

スタッフに暫く声を掛けて話を聞いて回っていた光流が、やがてスタジオを見回して怪訝そうに首を捻る。
いつもながら冷静な顔で戻ってきた忍の僅かに顰めた眉に、その隠した不安を感じ取り、光流は忍の腕をそっと掴んだ。
「・・みつるとしの、撮影が終わってからずっと、姿が見えないらしい」
小さな震えを堪えるような忍の声に、光流は顔を僅かに顰めたが、落ち着いて囁いてやる。

「大丈夫だって。しのが具合悪い時に、みつるがあちこち動き回ったりする訳ねぇだろ? 必ずスタジオ回りにいるって。──あまり騒ぎにしたくないんだよな? まずは、俺らで探そう」
「光流・・」
安定感のある光流の言葉に、逆に不安げに揺れる忍に、明るく光流が笑って肩を抱いた。

「ほら。探そう、二人で」
「・・分かった」

*
*

暫く探し回り、ふと気づき急いでスタジオ脇の大道具置場のスペースを覗いた光流と忍は、思わず顔を見合わせた。

「・・どう思う? こいつらの、この呑気な顔」
「──良かった。・・みつる、しの・・」
「あ、起こさなくていいよ。俺が抱いてく」
「・・分かった」

安心して、くすりと笑い合った二人の前で。
小さな光流と忍は、ふかふかのマットの上で、無邪気な顔で眠っていた。

小さな光流は、両足を伸ばし、くうくう寝息を立てて熟睡していて。
そして、丸みのある頬を少し赤くしている小さな忍は、光流の膝に全てを委ねるように、俯せて静かに眠っていた。

*
*

小さな忍を抱き上げて、急いで駐車場へと運んでいった光流を待ちながら。
忍は安堵の表情を浮かべ、まだぐっすり眠っている小さな光流の頬をそっと撫でる。
そしてそのまま、幼い唇にそっと唇を落とした。

「・・ありがとう、みつる。──お前は、生まれたときから、本当にナイトなんだな」

むにゃむにゃ、何やら呟きながら。
ふにゃっと胸の中に懐いてきた小さな光流を、忍は優しく微笑み、抱き締めた。

*
*

──みつる。しの。・・そして、大好きな光流。

お前たちの元気が、幸福が。
いつだって俺の、堪らない幸せだ。

心から、お前たちを──俺は、愛してる。