光流は今晩、帰りが遅くなるらしい。週末には大抵、バイトを入れているためである。一方、来週が提出期限のレポートも早々に仕上げてしまった忍は、時間的にも気分的にも余裕のある週末を迎えていた。数か月前に親友兼恋人となった光流は、しきりに毎週申し訳ないと謝っていたが、忍としては、それほど気にすることではないと感じていた。自分のことながらどうかと思うが、最近は光流とべったりし過ぎているような気がしていたからである。
たまには、ひとりで気ままに過ごす日があってもよいだろう。
と、そのように考えていた忍は、講義が終わると真っ直ぐに帰宅して、さっさと食事と入浴とを済ませ、本を片手に居間のテレビをつけてみた。テレビはそれほど見ないものの、主だったニュースと天気予報程度はチェックするようにしているのだ。しかし今日は、炬燵に足を入れて本を開きかけた時にふと、ビデオデッキに電源が入っていることに気付いた。忍自身は光流から誘われればレンタルビデオを観る程度だから、録画予約の表示がされていないところから察するに、光流がスイッチを切り忘れたのだろう。忍は、仕方のない奴だと思いながら再びリモコンへと手をのばしたが、そのときに丁度、忍も光流も利用していないアパレルショップの袋が視界に入ってきた。
(ああ、友人から借りてきたのか)
炬燵布団の横へ無造作に置かれた袋からはビデオのパッケージらしきものがほんの少し顔を覗かせているから、アダルトビデオでも借りてきたのだろうと推測される。光流は心身ともに健康な若い男であるのだし、このくらいは自然なのだと忍は思った。
しかし、なのである。自分も男であるから、ある程度の生理的欲求は理解できるし、嫉妬深い女のように根に持ったり問い詰めたりするつもりはないのだが、それでも、少しばかり面白くない気分になってしまうのは致し方あるまいとも思うのだ。何故なら光流は、ふたりの思いが通じ合ったその日、情熱的な夜を過ごしながら言っていたのだから。
――忍。おれ……。おれ、忍さえいれば何もいらない。忍がこうやっておれと向き合ってくれるだけで、すっげぇ幸せ。もう、女の子なんかどうでもよくなっちまった。だからエロ本もAVも、全部捨てる!――
確かに、光流はそう言っていた。言っていたというのに。
「いや……。言ってしまったからこその、コレかもしれんな」
おそらくは、初めて「いたしてしまった」という興奮から、ひとりエッチのおかずを処分するなどという面白すぎる宣言をしてくれたのだと、そう忍は解釈していた。だがあれは、意外と純なところがある光流なりの真剣な、忍に対する操立てだったのかもしれない。そして、律儀にも彼は、あのあと本当に全てを処分したのだろう。
「それで、結局はこうやって愉しんだ。と……」
ふーん。へーえ。ほーお。
と、忍は愛しい彼氏の馬鹿正直さ加減に軽く呆れたものの、ここで光流の嗜好を把握しておけば何かの折に貸しを作ることができるだろうと、ちょっぴり意地の悪い気持ちになってしまった。これはもう、生まれついての性分だから、光流が特別な存在であろうとなかろうと、今更どうこうできるものではない。忍は立ち上がり、小洒落たデザインのビニル袋を拾い上げると中へちらりと目をはしらせ、おもむろにひっくり返した。
ばらばらと音をたてて落ちてきたビデオテープは、6本。これはまた、随分と借りてきたものだと、ある意味忍は感心した。
とはいえ、忍とて、心身ともに健康な青年である。無表情ではあるものの、足元のアダルトビデオを片手で器用にかき集めると、「どれ」などと呟きながら座り込み、いちばん手前にあるものを拾い上げた。そうして、もうひとつ、もうひとつ、と、確認していったのであるが――
「わ……わからんっ」
結果的に忍は、大いに戸惑うことになってしまった。それというのもすべて、一貫性のないタイトルの所為である。
奥さん米屋です! ~熟れた人妻のいけない昼下がり~
ルーズソックスを脱がさないで ~小悪魔女子高生のダイナマイトボディー~
ぼくたちの初恋 ~美少年コレクションvol.1~
パイオツ倶楽部 ~巨乳・美乳がここに集結!ぶるるん特盛り大サービス☆~
虜囚・深窓の令嬢編 ~囚われて、縛られて。禁断の扉が強引に開かれる…!~
エロ鍋大乱交 ~獣と化した女たちの夜~
「――――――――」
気が付くと忍は、頭をかかえていた。何をそんなに動揺しているのだと己に喝をいれてみるものの、ひどく引っ掛かる点があり、他に気を向けることができずにいるのだ。
(年齢・性別には拘りなし。ついでに、特殊プレイにも抵抗なし……なのか?そうなのか?だとしたらあいつは、プレイに関してなら何でもOKな、オールラウンダーだということなのか?そうなのかっ?!)
考えても考えても、答えは出ない。当たり前の話だが、忍がいくら頭を悩ませたところで、光流の性癖がわかる筈もないのだ。
「さすがは池田光流。侮れん男……」
いくら深い付き合いをしていようと、他人は他人。本人から聞きださなければ正確なところがわからない事というのは、意外にも多い。そんな当然のことを、今更ながら身をもって思い知らされた気がした。それでも、頭では理解できていてもこういった現実というのは、正直なところあまり面白いものではない。
そうなのだ。面白くない。まったくもって、面白くない。
(光流の奴め)
忍はプリプリとしながら体育座りをしていたのだが、暫くの後にふらりと立ち上がると、今度はフフフと、含み笑いをもらした。
「――だが光流。このおれが、節操のないおまえの嗜好全部に付き合ってくれるなどとは思うなよ?」
第一、乳を盛るのはどうやっても無理だし、乱交も趣味じゃない。それでも、縛って調教してやる程度なら、付き合ってみても良かろうと思える。そう、こんな安っぽいおかずでは満足出来ない躯にする程度に仕込むためなら、たまにはコスプレだってしてやっても構わない。割烹着だろうとミニスカ&ルーズソックスだろうと、どんとこーい!見事なまでに演じきってやろうではないか!!
(ふふん。あいつは侮れない男かもしれないが、おれは切りかえの早い男だからな)
光流とは一生モノの長い付き合いになるのだから、取り敢えずは前向きに。
自分も光流も楽しめそうな結論をはじき出した忍は、うんうんと頷きながら、いかがわしい写真が満載なビデオパッケージを元通りに、寸分の狂いもなく袋におさめていくのだった。
了
12/04//12/05/17